寺澤一雄選(現代俳句年鑑2024 p.111〜p.135より)
特選句
十六夜や海洋深層大循環あやふし 関根誠子
海洋深層大循環とは表層の海水が北大西洋のグリーンランド沖と南極大陸の大陸棚周辺で冷却され、底層に沈み海洋中を移動し、その間にゆっくりと上昇して表層に戻るという循環のことである。どうもその循環が地球温暖化のために止まるらしい。地球温暖化にしても70年代から科学的な報告がなされてきているが、いまだに信じていない人が多い。海洋深層大循環にいたっては存在自体を知らない人も多いが、人類にとっては危うい状態なのだ。
でも、人類がいなくなっても、十六夜は続いていく。
秀句5句
水鳥の水無きところ歩みをり 齋藤朝比古
オルゴールだんだん遅れ不意に秋 佐川盟子
数え日の氷を捨てて水を足し 櫻井ゆか
遅ればせながら飛び立つ兜虫 杉浦圭祐
ひねもすの楽土借り切る砂日傘 鈴鹿呂仁
1句目、水鳥も水の上にいればそれなりに優雅で自在だ。水のないところでは滑稽な格好であるが、それでも歩いてゆく。2句目、オルゴールが遅れてきて、不意に止まった。それは秋の到来でもあった。3句目、数え日の何気ない動作だろう。「氷を捨てて水を足し」に惹かれる。4句目、なんとも兜虫らしい動きである。危機が来ているのに最後まで樹液を貪っている。5句目、砂日傘の日陰の中は日向とは打って変わって楽土のようなところなのだ。「借り切る」で自慢げでもある。
宮路久子選(現代俳句年鑑2024 P210~P233より)
特選句
力走を続けてゐたる泉かな 山﨑十生
古代から水のあるところに人の暮しはあったのだろう。私の住む茨城県の地誌とも言える『常陸国風土記』には井泉に関する記述が多く、泉、玉清井、永井戸といった遺称地が地名説話として今に残されている。谷(やつ)の一角、椎井の池からは今でも清水がボコボコと湧き出し、古代からの水田地帯が現存しています。掲句の「力走を続けてゐたる」という表現に、古代から連綿と続く泉の力強い息吹を感ぜずにはいられない。
秀句5句
まいまいを進ませている雨のジャズ 山口富雄
年の瀬や卓に七味とガムテープ 山田健太
蜃気楼ポーの館の現はるる 山本左門
青簾逆光の源氏物語 吉田典子
手離せばふっと止どまり流灯会 淀名和さち
一句目、雨音にまいまいがスウィングして、進んでいるようです。雨の窓辺の楽しいひととき。二句目、モノ俳句の確かさ。七味、ガムテープ、年の瀬の斡旋が巧み。三句目、蜃気楼に怪奇派、幻想派のポーの館とは。唯ただ頷ける。四句目、逆光を受け青簾の奥にいるのは宮廷人か、物語そのものか。ここは逆光の意味するところを読み解かねばならないのかも。五句目、手離したときの作者の心の揺らぎが灯篭に伝わったのでしょうか。