寺澤一雄選(現代俳句年鑑2024 p.81〜p.111より)

特選句
着ぶくれて不死男兜子と渡る橋     桑原 三郎
 
 新興俳句の秋元不死男(1901年生まれ、1977年死去)、前衛俳句の赤尾兜子(1925年生まれ、1981年死去)。24歳年上の不死男は横浜で生まれ、東京横浜で活動した。他界したのが4年遅い兜子は神戸で生まれて関西で活動していた。二人は新興と前衛という近いようで遠い世界にいた。関東と関西の違いも大きいかもしれない。年譜に出てくる俳人の顔触れも違う。どこかで接点があったのだろうが、遠い存在の二人が着ぶくれて同じ橋を渡っている。彼らに続いてこの橋を渡ることは至難である。

秀句5句
訃報来て正月の夜動き出す       加藤 雅子
恋文の燻っているどんどの火      香山つみれ
貸しボートもどってきたらつながれる  川崎 果連
校庭に二つの試合桐の花        黒岩 徳将
水温む研いでしまった無洗米      小池 弥生

 一句目、正月をのんびり過ごしていると訃報が来た。「夜動き出す」で慌ただしさが見える。二句目、左義長で焼いている恋文が燻っているように見える。終わっていない恋かもしれない。三句目、貸しボートの定めを発見した俳句。戻らなければならないし、もどったら繋がれてしまう。四句目、広い校庭のバックネット側と外野側で二試合行われている。野球とサッカーだと心配になる。桐の花が目立って良い。五句目、無洗米は軽く洗うだけ。長年の習慣で研いでしまった。温んだ水がそうさせた。

 

宮路久子選(現代俳句年鑑2024 P183~P210より)

特選句
忘れ物に男の日傘ゴッホ展    福本 弘明

 オランダのゴッホ美術館には、自画像だけの一角がある。彼は一体、生涯幾枚の自画像を描いたのだろう。佇んでいると観客はいつしか画面からの鋭い視線に見据えられ、やがて、その強烈な色彩、激しい筆致の作品は並べて彼の生き様そのものであったのだと気付かされる。
掲句の男の日傘とゴッホとのギャップがおもしろい。忘れ物になった男の日傘。男は炎天下を歩いたのだろうか。アルルのゴッホのように。
 

秀句5句
うつくしき渦被て秋のかたつむり   ふけとしこ
蜩や吾と外をわかつ薄き皮膚     藤野  武
グーで負けパーでも負けて日の短か  堀越 胡流        
アンテナを定点として鰯雲      松川 和子
やはらかき風へ空也のなむあみだ   三井 つう

 一句目、螺旋形の殻をうつくしき渦との描写に感動。二句目、外界とは薄き皮膚一枚で遮られているだけ。かなかなが、吾が身へ深く染み入ってくる。三句目、何を成すでもなく終わってゆくひと日の感慨でしょうか。四句目、アンテナを定点として広がっている鰯雲。作句上の作者の確かな定点も見える。五句目、空也上人の口からこぼれ出る6体の阿弥陀仏。いつしか、なむあみだの念仏につつまれてゆきます。