寺澤一雄選(現代俳句年鑑2024 p.61〜p.81より)

特選句
汚染水は処理水と化し春の濤     宇川啓子
 
 福島原発の後始末のこと。放射能が規制値以下の水なら合法として海に流しているが、何となく胡散臭い。科学的に証明されているかもしれないが隠された不都合もありそうなのだ。「春の濤」はどこかのびやかな気配を感じさせる季語だが、少し沖合で拡散した処理水が海岸に戻ってくることを感じさせる。おおなみの意味がある「濤」の字を当てたのも穏やかなものでなく、危険なものに思えてくる。「化し」で「鷹化して鳩に為る」という季語が連想される。

秀句5句
書初に飲みたきものを書きにけり   うっかり
筍くるんで「戦争」の大活字     江中真弓
戦争に注意 白線の内側に      大井恒行
国境があれば戦争鳥帰る       小野 豊
一つしかないカラダ勤労感謝の日   小山正見

 一句目、書初に書くものとして「飲みたきもの」というのは夢ないが、共感するものがある。二句目、平和が筍で象徴されているが、新聞紙に印刷された「戦争」で平和が崩れていく。三句目、駅のホームでは白線の内側へといつも注意を促している。戦争もいつも注意してないと起こってしまうのだ。四句目、国境は国家間の戦争を誘発させる大きな要因。「鳥帰る」の意図するところはわかるが少し単純では。五句目、勤労感謝の日に一番感謝しなければいけないのは自分のカラダだ。

 

宮路久子選(現代俳句年鑑2024 P159~P183より)

特選句  
花粉症モダンアートに囲まれて    花房 八重子

 ラジオから流れるムソルグスキーの『展覧会の絵』の余韻で、この会場に来たのに、すっかりモダンアートに取り囲まれてしまった。静かに鑑賞するどころではない。素材、色、かたちの不思議なオブジェたちが斬新、奔放な手法で迫ってくる。恰も、花粉症に冒されたかのように、これらは防ぎようもなく、私の五感を刺激、揺さ振ってくる。
 いや、驚いたことに一番刺激を受けているのは私の俳句脳かもしれない。
 

秀句5句
手を振つて行くのか来るか霧の中   中井洋子
立秋と言えばそのようにも思え    野口清美
あるだけの晴れ着羽織って鳥帰る   長谷川進        
山茶花を揺すりて掃けり管理人    長谷川はるか
防人のうた千年の飛花落花      羽村美和子

 一句目、人影がこちらへ向かっているのか遠ざかっているのかさえ、定かでない霧の中。ときどきこのような感覚におそわれる。二句目、風の音、水の音、ふとした気配に感じる季節の移ろい。さっきの風にもかすかな何かが。三句目、北へ帰る彼らの命懸けの飛行の無事を願う敬虔な祈りが聞こえる。「あるだけの晴れ着」からは死装束が想われてならない。四句目、山茶花を揺するこの何気ない動作にはあるがままの人の姿が映し出されているよう。五句目、防人の歌碑の周りには、今も花が咲き、散っている。変わらぬ風土の中での変わらぬ暮らしが感じられる。