対談「虚子俳句と花鳥諷詠の前衛性」をめぐって
西池冬扇
対談「花鳥諷詠と前衛」―三協会統合の可能性(上)
対談「花鳥諷詠と前衛」―三協会統合の可能性(下)
○三協会統合論で「ざわざわした」こと
『現代俳句』(2024年7月号と8月号)に掲載された星野高士氏と筑紫磐井氏の対談で星野氏は「私が現俳協に入るというだけで何かざわついている」と冒頭に述べている。 この「ざわつき」の背景には、筑紫氏の近著『戦後俳句史』で述べた三協会統合論がある。過去においても時折、統合論がうたかたのように現れては消えたという。今回も賀茂のよどみのあぶく、と思われても不思議はなかろう。しかし、今回はただのあぶくではなさそうだ。筑紫氏の著書が出版されて時を経ず「事件」が発生した。伝統俳句協会の重鎮である星野氏が現代俳句協会に加入し、しかも副会長に就任したのである。統合論の具体的な動きの現れに違いない、すわ一大事と、色めき立った人が多かったのが「ざわざわ」の正体であろう。「ざわざわ」するのは面白い。中国故事で百家争鳴という言葉がある。昔から、世の中が「ざわざわ」するのは新しい時代への変化期ということが多い。
〇三協会統合は何故必要なのか
筑紫氏の『戦後俳句史』は400ページに近い大著である。「三協会統合論」はその大著の終章ともいうべき「おわりに」にあり、全体から言うとわずか18ページの論である。だが、この終章は筑紫氏が戦後俳句の歴史を観じたうえでの結論なのである。結論を導くにあたっての氏の論拠をまとめてみると次のようになる。
① 戦後の三協会並立にはそれぞれの歴史的必然性があった。一定程度の理念的相違を反映していた。
② 現在、俳句の価値の多様性を具現化したものとして三協会があるが最良の状態にあるとは言えない。(注:傍線筆者)
③ それの「証拠」として「俳壇無風論」と呼ぶべき現状がある。
④ 以上の結論として【現時点において(三協会が)並立していること自身に果たして意味があるのかという疑問である】と主張している。
既存する組織に「存在意味があるのか」と批判するだけでは組織は変質も崩壊もしない。協会という体制を経営する人間にとって、協会の存在意味は今でも大きいだろうし、自己否定ということは困難である。一般的に考えれば、意味の無い組織はいずれ風化するが、それにはそれだけの時間がかかる。しかも「最良の状態にあるとはいえない」ではドライビングフォ―スを超えることはできない。この種の主張はそれに伴う現実の動き、閾値を超える駆動力(例えば誰もが分かる組織による弊害)が叫ばれるようになったとき変化が生じる。
歴史的に観て創立時の三協会にはそれぞれの俳句の理念があり設立されたのだとしても、今ではそれが希薄化以上に無意味になっているのは事実である。もし、俳句の理念で存在を意義付ける組織が必要なら、それは本来同志的結合を柱とする結社の役割である。協会は本来俳句芸術全体の振興のために設立されるべきものであり、その原点(つまり一つの党派的俳句理念ではなく俳句という詩歌全体のためという立場)を動かしたことが、そもそもの誤りである。もし三協会を統合するなら、何にも増して、その原点を確認しなければならないだろう。
近代と未来の端境期である現在は価値の多様化の時代である。仮に協会を俳句の理念を基にして、再編するのだとしても、当然現在の価値の多様化を反映しなければいけない。その意味では今回の「ざわざわ」によって現在の理念的問題の再整理の機会がおとずれたというべきであろう。
個人的には公益法人的協会であるならば、俳句の「理念」をかかげるべきではないと考えている。理念を前面にかかげるということは、筑紫氏のいうように禁止規定で俳句を縛ることになりうる。それでは再編はあり得ても一協会への統合の実現はまたもや奇怪な混合体制を生み出すだけである。統合するなら、俳句の「理念」前面にかかげるべきではない。語弊を恐れながらもあえていえば、ここでいう「理念」は「俳句の作りよう」のルールのことである。
〇さしあたっては「ざわざわ」を声に
対談のタイトルは「花鳥諷詠と前衛」である。筑紫氏の統合論という議論の座標軸を意識しながらも、この対談は実は俳句という表現様式が現代まで宿題に残してきた課題を議論の土俵に押し上げる目論見になっており、そこを評価すべきだ。そして原時点は組織論を云々するより、まずは俳句の「理念」をおおいに討議することで多様化している実態をくっきりと表わしてみせるべき時であろう。あるいはその理念を討議するための、場の設定を皆で考えるべきときであろう。私はそのための「アゴラ」の設置をWEP俳句通信vol140号で呼びかけたことがあるが、参照していただきたい。今回の両氏の座談会の中で吟行の話が大きな話題になっていたが、題詠と吟行を対比させた理念の問題もさることながら、(座談会後の討論に参加した柳生氏も述べているが)、領域を超えた考えの人々が同じ自然に向かい合い、同じ句座を共有することは、素晴らしい提案である。その空間では現在の協会の存在の無意味さだけでなく、弊害も肌で感じるに相違ない。
一方、迅速に事を運び枠組みを変化させ、それで俳句の中身自体を変化させていこうとする考えは、ありうる。だが文化的な思潮に関した事を進行させるのには賢明とは思えない。斜陽産業は企業の統廃合によっては産業自体の未来を切り開くことはできないのと同じことである。産業の内質を高めるためにはイノベーションが必要であるのと同じことである。まずは「ざわざわ」を声として百家が声をあげるべき時である。
〇この対談で扱われた俳句理念的課題を案じる。
今回土俵に上がった課題は二つあった。一つは「前衛」の意味を問うことであり、いま一つは「花鳥諷詠」という理念である。筑紫氏は戦後俳句の全体を(保守VS前衛)という図式で捉えたかったのだが、どうも時代を経たら(花鳥諷詠と前衛)になったという。この二つの課題が同じ土俵で論じられること自体奇異とも受け止められるが、筑紫氏の戦後俳句史観からくる必然ということであろう。最も大きな疑問は「現代俳句協会の俳句理念」と「俳人協会の俳句理念」を主要な理念問題として捉えずに、「伝統俳句協会の俳句理念」とのそれを最重要課題としていることである。【統合論を考えた時、もっとも難しいのは元々一体(創設時の現代俳句協会)をなしていた有季派と無季派の調停ではなく、花鳥諷詠派の扱いだ。】と前述『戦後俳句史』で述べている。確かに花鳥諷詠派との「調停」は困難ではあろうが、現実的には、俳人協会との「調停」もその「俳句理念」が特に定款に詠われているわけでないのでかえって混沌とする可能性が強い。筑紫氏のいうほど容易とは思えない。ただし現代俳句協会の理念と俳人協会の理念とでは摩擦部分が多いということではなく、【前衛だけがいるわけじゃなくて、極右と極左がいるのが現代俳句協会】(質疑応答時の後藤氏の発言)に対して、俳人協会には組織としての理念が希薄といわざるをえないからである。むしろ加入各結社によっては理念(多くは信条という言葉であらわされるが)自体が希薄化している現状がある。それゆえに理念問題に関し俳人協会は問題視しなくても大丈夫という考え方があるなら私はそう思わない。今理念に関して討論を巻き起こすのは、統合というテーマを契機に多くの俳人に俳句のありようをドラスティックに問いかけたいからである。
理念問題にもどる。
花鳥諷詠は伝統俳句協会俳句の理念である。もう一つ重要なキーワードがあり「客観写生」である。理念問題で「花鳥諷詠」を前衛的理念として位置づけたい筑紫氏にとっては、両者の関係を理念的にすっきりさせたいのであろう。「花鳥諷詠」と客観写生との関係を星野氏に問う。しかし星野氏は「それは謎」とし、筑紫氏は政治的問題だという。そのうえに星野氏は花鳥諷詠に加えて極楽の文学という主虚子の主張を持ち出している。全然議論は嚙み合ってこない。それもそのはずである。花鳥諷詠という「理念」は高浜虚子の「俳句の考え方のパッケージ」に対して貼り付けられたレッテルで、中身は多様であるので対立する概念として論じるにはもともとスキームの立て方としておやと思わせる。とはいうモノの、花鳥諷詠と前衛という二題話は、戦術的には驚嘆せざるを得ない。奇妙であるとともに今回の土俵上での最も魅惑的取り組みである。
〇客観写生と花鳥諷詠はマヌーバーか
その後の質疑応答を含めた対談での話題はいくつかにまとめられる。ひとつは虚子の主導した理念である客観写生と昭和3年に突然言い出した花鳥諷詠との関係がいまだに明確になって(して)いないことが指摘される。星野氏がそう述べているのでこの状況の認識は重みがある。筑紫氏は虚子が「客観写生」からキャッチフレーズを「花鳥諷詠」に切り替えたのは虚子の親心と捉えたことはある程度以上に納得感がある。虚子の理念的問題に対する姿勢はまさにマヌーバー的であり、ある意味では驚嘆する。理念問題だけでなく文学運動における「不寛容派」と「寛容派」への変移を筑紫氏は指摘しているが、面白い。
〇内なる前衛性から花鳥諷詠は前衛である、への「進化」
もう一点注目すべきことは虚子の中には鬱勃とした前衛精神が存在しているという筑紫氏の指摘である。虚子の俳句にひそむ未来性に対する指摘は今までもみられることであるが、この対談では、虚子の「内なる前衛性」から対談が進むにつれ、【「花鳥諷詠」は予測のつかない詠み方で、必ずしも古来の伝統的な詠法ではない。「前衛俳句」の一つの分野、手法といってもいい。】と意見を先鋭化して見せる。さらにその意見は、花鳥諷詠は「未来派」「ダダイズム」「シュルレアリスム」に続く四番目の「アヴァンギャルド」だと主張する。奇説ということではないが、一瞬戸惑う人も多かろう。しかしその意味でも「花鳥諷詠」はあながち無視すべきではない内容を有している、現代的にブラッシュアップしていけば、世界的な文学運動に発展するキーワードになりうる。なぜなら今人類が求めている自然と同化する思想を内包しているキーワードだから。それゆえにも花鳥諷詠は真の前衛性を獲得する必要がある。
〇前衛という改革者
対談中で筑紫氏は前衛という言葉をしばしば用いている。私の世代では前衛というのは、種々の意味で魅惑的な言葉であった。だが現在ではどうなのだろうか、もしかしたら若い人には色褪せた言葉というより、別世界の言葉と思っているかもしれない。杞憂かもしれぬが、少し私の理解している前衛について述べておくのも必要かもしれない。
前衛(アヴァンギャルド)とは、主に芸術、文化、政治の分野で、実験的で革新的な作品や人々を指す言葉である。芸術や文化における前衛表現は、現在の規範や常識とされるものの限界や境界を押し広げたり、越えたりする。
もともと前衛は軍事用語で、12世紀には本隊に先駆けて敵と対峙する部隊を指していた。この言葉は、19世紀には政治の分野で、20世紀初頭には文化や芸術の分野で使われるようになり、「大胆不敵さで先駆者の役割を果たす(と自負する)運動や集団」という意味を持つようになる。
前衛運動は、しばしば社会や政治の変革とも結びついている。前衛芸術家たちは、自らの作品を通じて社会の問題提起や変革を試みることが多く、既存の権威や制度に対する批判や挑戦を行い、新しい社会のあり方を模索した。
前衛の概念は、時代や場所によって異なる形で現れるが、その本質は常に「新しいものを創造し、既存の枠組みを超える」という点にある。時に理解されにくい表現様式をとることがあるが、その根源は世界の実態に迫ろうというリアリズムであり、その挑戦的な姿勢や革新性は、多くの人々に刺激を与え続けている。その意味では「花鳥諷詠」も前衛性を種芽として内包しているともいえる
美術で言えば、1870年代の印象派から始まる。ギュスターヴ・クールベが美術的な意味で前衛を使ったのが前衛美術の起源とされる。彼は、まずテーマにおいてそれまで描かれることのなかったリアルな貧民、労働者や理想化されていない普通のヌードを描いた。第二次大戦中の爆撃で焼失した『石割り人夫』や女性の性器と下腹部をクローズアップした絵画「世界の起源」は有名である。
1855年に画家が自分の作品だけを並べたクールベの作品展は、世界初の「個展」だと言われている。この個展の目録に記されたクールベの文章は、後に「レアリスム宣言」と呼ばれることになる。クールベの言語使用から考えても、「前衛」は、「意味がわからない」や「シュール」といった意味ではなく、その時代の常識を逸脱した先駆的な行為のことを指すのであり、リアリズムが「先駆性」が前衛にとって重要であったわけである。
〇当面の土俵は虚子の評価をどうするか、だがその先を
議論に加わった柳生氏が虚子評価に関して述べている。【虚子が自分のなかでぎりぎりまで追求していくなかで、前衛を自負している人たちがやろうとしているのと近い地点まで行く感じはありますね。】、【虚子は限定的なものしか俳句として認めていなかったという固定観念がありますが、実は多様性を見ていた人という気もしてきます】。筆者も同感で俳句の理念は現在虚子の評価をめぐって前衛性が問われるべきである。つまりタイトル(花鳥諷詠と前衛)のごとく二つの概念を対立的に併存させただけであれば、前衛性を問題としたことにはならない。むしろ今後前衛とはどうあるべきか、花鳥諷詠が内蔵している思想を前衛的思想として如何にブラッシュアップすべきか、さらに前衛性を表出するために如何にすべきか等のさらなる議論を続ける必要がある。またもっと重要なことであるが、作品群として実現していくことがいかなる芸術的潮流に対しても必要である。