現代俳句の展開Ⅳ-8 我妻民雄『現在』

頒価 1800円 2018年12月5日発行 装丁/會本久美子 題字/高野ムツオ

高野ムツオ選15句

遥かとは雪来るまへの嶽の色

白雲に乗るべく蕪土を出る

西は被爆東は被曝赤とんぼ

芽花流し人類だけが噓をつく

墨堤やいまも昔の都鳥

空爆の空につながり冬茜

その上は犇く星座鳥雲に

海からは上がれぬ形して海月

地上から照らされてゐる鰯雲

風花を待つ出稼の裔として

花片の間(あひ)あひに闇石蕗の花

住まふ屋根住まはぬ屋根や春の月

学校に生まれては死ぬ蟬の声

苦瓜に百の涙状突起あり

終着のつぎは始発や雪催

現代俳句の展開Ⅳ-10 関根 洋子 『ことばの芽』 


頒価 2,300円 2018年9月19日発行 装丁/小島真樹

少しでも美しい日本語に近づくようにこれからも「ことばの芽」を優しくあたためて俳句という文芸を紡いでゆけたらと思います 

自選13句

不死鳥の翼くれなゐ滝桜

蠟梅やあたためてゐることばの芽

さはさはと風の先達魂迎

春の月朱し余震の中に座す

羽衣を舞ふ月光を天蓋に

つくばひを天心として夏の月

神渡し地軸傾く地球かな

一山を占む一匹の法師蟬

地卵のわづかな温み朝桜

蟬の木の下密談も雑談も

初鏡猫に正座のありにけり

一枝切るあぢさゐ飯島晴子の忌

曲がりたる山河の味の茄子胡瓜

         

現代俳句の展開Ⅳ-9 小林 春代 『大田螺』 

頒価 1,500円 2018年9月26日発行 装丁/小島真樹

どこか自嘲に遊びがある。
いうならば自分を貶めて楽しんでいるようだ。
自分を底へ貶めて底から這いあがる芸を見せる。
宮坂静生(「序」より)

 自選10句

春の野に的のごとくにひとりかな

大根抜くたびに人の名忘れをり

海に棲むものみな無言ビキニデー

打水や一世を点と思ふ時

蛇穴を出づやこの世の青びかり

金脈も水脈もみな木の根明く

突発性難聴春の海の中

連合ひとは乗らず朧の観覧車

子の消えてわんさわんさとつくしんぼ

水槽のはんざきよ娑婆生き難し

 

現代俳句の展開 第4期・7 堀越 胡流 句集『白髪』

頒価 2,000円 2018年4月刊

この作者に注目していなかった私が恥ずかしい。
自然体だから見えるもの、叫ばないから他者に伝わるもの。
一度きりの誕生と死の間で寿命を少しずつ使いながらの、はにかんだ呟きを聞き漏らしたくない。
池田澄子(帯文より)

十句抄
霧深き日となり骨を掘り出しぬ
飴色の父の匂いの籠枕
氏神の焚火係を拝しけり
麦秋や暗くなるまでいる男
白髪の兄嫁と春惜しみけり
今日よりは若き日はなし冬牡丹
山中に塩の地名や青胡桃
神木の影のなかなる三尺寝
孤独死は死の王道よ虎落笛
月光の深きにいつか魚となる

句集『夏草』 現代俳句の展開 第4期・1

米川五山子 著
(頒価1,800円 2018年4月刊)

句集『夏草』はわたしの第二句集。
すでに89歳の老齢であるが、生ある限り、
句会の仲間と一緒に、楽しく、気楽に、
一句でも佳句が得られるように作句に励みたい。
当分は死んでは居れぬ年忘  五山子(帯文より)

巨き火焔遠巻きにして去年今年
富岳越ゆる龍は北斎春浅し
梅雨闇の金山廃坑常しなへ
三・一一以後の現し世なめくぢら
鉈彫の両面宿儺子蟷螂
夏草に力を貰ふ散歩かな
大山椒魚人間諸君クオバディス
ピカドンの風圧島を圧しけり
人と烏間合変らず秋に入る
ロボットに恋を教へし雪女
           自選十句

句集『旅』 現代俳句の展開 第4期・6

山﨑幸子・著
(頒価2,000円 2018年4月刊)

幸子俳句は軽快で切れがいい。
人生を見つめながら自分の言葉でただ今の自分を表現している。
そして「旅」に限りない思いがある。
                 ・・・長峰竹芳

​自選十句
夜は夜の色ふんはりと月見草
追悼の菊一本の重さかな
推敲せよ泥葱洗ふやうにせよ
東京にいろいろな坂梅咲けり
秋は旅人新幹線の窓の海
背の高き男が通る蓮の花
生きてゐるうちは生前冬桜
三月の傘のかたちに雨の降る
鍵穴に合ふ鍵ひとつ良夜かな
人消えて人立ち上がる芒原

現代俳句の展開 第4期・5 浜岡紀子 句集『美しい夜』 

頒価2,000円 2018年4月刊

美しい夜と子のいふ新年会
通りには我々のほか誰もおりません
風もなく 物音もせず
星ひとつ従えた月が輝くのみでした
薄闇に夜が沈んでいました

◆句集の十句
水打つて終日影のごとくをり
毛虫焼く親を送りし身軽さに
小春日の雑踏にゐる人さらひ
竹馬を下りたる後の半世紀
ひとりづつ日傘の影のなかにゐる
霧の中霧のことのみ思ひゐる
うすらひとなりゆく月のひかりかな
ひきがへる後ろはいつもがらあきに
鬼の子にひとまづ声をかけてみる
冬館ヒマラヤ杉に犬つなぎ
         岩淵喜代子選

村本なずな 句集『花薺』 現代俳句の展開 第3期・9

(頒価1,500円 2018年3月刊)

作品の特色を拾っていくと、
決して思想とか主張というような大げさな身振りでなく、
生活実感から立ち上がってくる映像、
それもリアルな日常感を軸にしたものを
村本なずならしい「ひたむきなけなげさ」で
表現しているといえよう。   ─安西 篤 序文より─

炉心溶融我らじわりと夏に入る
冬耕の父の逸らず止まらず
茄子植えて熟寝の母の寝息かな
冬の蝶進歩が幸せたり得し日
ばんざい寝の赤児よ猫よ山若葉
名付けるとう祈り八月のみどりごよ
愛妻家で通りおるらし秋刀魚焼く
世間智に遠く白々花薺
囀りや鍬持てば胸ほこほこ
秋天へピカソ素描の鳩放つ
            自選十句

句集『花合歓』 現代俳句の展開 第4期・4

西前千恵・著
(頒価2,000円 2018年3月刊)

花合歓や老いるとは爪のびること
何の衒いもない清新な自然描写、
生活諷詠は著者の資質そのままに、
読み手を包み込むように句のなかに
静かに誘い込む。(鈴木明:序より)

千年の重みをのせて藤の花
鶯の声聞きながら眉を引く
後悔はなしと凌霄咲き登る
無言館出て白萩の白滲む
春愁やドロップの缶ふってみる
武蔵野の雑木劇場春立ちぬ
蓮の花いまが正念場と思う
白障子こころふわりと軽くなる
花合歓や老いるとは爪のびること
二礼二拍手一山したたる緑かな
            自選十句

句集『人に火に足跡』 現代俳句の展開 第4期・3

諏訪洋子・著
(頒価1,500円 2018年1月刊)

人に火に足跡のあり野の遊び
麗らかな春の日を浴びて野に遊ぶ。土筆、蓬、蕨などを摘んだり、ときには足をのばして近くの山へ…。

そんなとき、作者は人類の営みの原景に思いを巡らせる。道は人の足跡の集積、そして、野や畦、芝や山に火の足跡を幻視する。野焼、畦焼、山焼、末黒野…。

野に遊びながら人や火の足跡を見逃さない詩眼。(前田 弘)

寒卵割って目覚める多肉都市
自画像の裏はいつでも秋の海
これよりは鶴よ鶴よと髪を梳く
光源は百の白鳥吾がむくろ
地球儀に待ち針打って鳥帰る
秋風に家紋の桔梗蜂起する
蛍の恋の結界月あかり
断層に凍蝶あまた抑留史
人に火に足跡のあり野の遊び
梅の香の白したたらせ抱卵中
            自選十句

句集『月の呟き』 現代俳句の展開 第4期・2

茂里美絵・著
(頒価2,000円 2018年2月刊)

茂里美絵さんは
いわゆる「感性の人」である。
作品のすみずみまでに感性のことばが閃いていて、
その抒情性を帯びた作品は人を惹きつけてやまない。
(塩野谷仁/跋文より)

夜の新樹葉っぱそれぞれが個室
子馬らの群れて羽音のすこしある
白鳥帰るまひるの傷のように水
夢想とは白木蓮のゆっくり散る
低く来る蝶よひんやりと未来
蓮ひらくまひるの寝室のようなり
草いきれ皮膚は牢のようでもあり
耳鳴りのたとえば秋の灯の波紋
一字一字夕ひぐらしの声かな
火口湖に降る銀漢の水こだま
セーター脱ぐ岸辺に鳥を放つごと
人恋うる一瞬昏き昼の火事
          自選十二句

句集『人地球』 現代俳句の展開 第3期・10

川島一夫・著
(頒価1,800円 2017年12月刊)

俳句表現は無限だ。それは人に似ている。
また地球と宇宙の関係にも似て未だ未知を孕んで静かだ。
春の日の遠浅の海は地の頭蓋
弁護人めきてサボテン朝屋台
緑蔭をバス出たとたんなぜ津波
陽炎へぬっと白い根赤い車体
いつか死ぬけど喉の奥まで春塵
梨落ちて地球の亀裂走ってる
東北の鬼出よ津波炎上す
あの日以後象の目をして春の海
水鉄砲いっぱい吸いたい波の飢
前をゆく日傘の列よ不戦の詩
            自選十句

句集『三餘』 現代俳句の展開 第3期・8

畠山カツ子・著
(頒価2,000円 2017年11月刊)

私が俳句に係りを持つようになったのは、小学三・四年生の頃からである。国語の時間に作った俳句が担任の先生に誉められたことから、小学生ながら新聞や雑誌に投句したりした。以来、幾度も幾度も挫折と試行錯誤を繰返しながら今日に至っている。そして俳句を断ち切れずに、ずるずると引き摺られながら生きてきた年月である。そういう意味で、私にとっての俳句は、正に生きてきた証しなのである。

そこそこに生きて件の世紀明け
万聖節釈迦もイワンも人の顔
花野あり風の道あり師の顔あり
星の夜はシーラカンスを抱いて寝る
皇国の滅びの美学ちちろ鳴く
ダリの絵の水兵が行くおぼろ月
クリムトもシーレも遊ぶミモザの黄
冬至粥炊いて正座の影と居る
国籍のない満月だワイン汲む
南無八幡不戦の呪文鳥渡る
            自選十句

句集『青いりんご』 現代俳句の展開 第3期・7

戸川晟・著
2017年9月刊行・頒価2500円

いつまでも赤くならない青りんご

青りんごが赤くなる訳がない。
青りんごが赤くなろうというのは大いなる錯覚である。
しかし、まあ好いではないか青りんごは
青りんごなりに努力し、楽しむのは。
人生とはそんなものだろう。

初春の一壺天よりぬけ出せず
初詣女房は丈夫で片えくぼ
啓蟄や青い空気の動きだす
芹野蒜泥の香くるむ新聞紙
青丹よし千三百年の麦の秋
青春の嘘を欲しがる夏の海
がっちりと柩の上の登山靴
古本のほこりを払う原爆忌
もう少し時間を下さいお月さま
流星の少年の胸に入りしまま
老人は老人らしく柿ひとつ
子供らは真っ白な地図芒原
散る時は人に知られず冬紅葉
冬めきて犬は故郷に耳立てる
冬日さす座禅の闇の奥の奥
故郷の海をひきよせ柚子の風呂
         自選十六句

句集『雪解川』 現代俳句の展開 第3期・6

松本詩葉子・著
(頒価2,000円 2017年8月刊)

作者の作風の基本はオーソドックスな写生である。
まずは地元金沢の風土を見つめ直し、俳句で詠もうとする。
美しい風景もあれば、厳しい風景もある。
――佐怒賀正美(「序に代えて」より)

いくたびも燈台を消す冬の濤
野火追ふはかつて狼たりし風
土の香の立ち上がるまで雪を搔く
津波禍のたましひ海市へと避難
百日紅赤子いきなり歩き出す
崖下の水辺を征す鷹の餓ゑ
白山の尾となり撓ふ雪解川
草迷宮月のうさぎも紛れ込む
八束碑を仰げば昼の銀河見ゆ
流さるる鳰の迅さよ雪解川
            自選十句

句集『ぴあにしも』 現代俳句の展開 第3期・5

川村研治 著
(頒価2,000円 2017年6月刊)

人と人との心のやりとりは、弱いことこそ
強さなのだとあらためて思うようになっている。
自分の言いたいことを叫んだり、
考えを押し付けるのではなく、
読者の懐にしずかに入りこんでゆく、といったことを
これからも考えていきたいと思っている。 あとがきより

海原に雨しみてゆく海月かな
水打つて打つて時間をふやすなり
嘴の根元にまなこ冬の鷺
秋晴れの底辺×高さかな
揚雲雀ふつと消えたりしてあそぶ
海上に満月のある電話かな
やさしさはやや暗きもの枇杷の花
箱庭にだんだん入つてゆくやうな
ピアノピアニッシモ猫の子が眠る
道にはみだす落椿を叱る
            自選十句

句集『丸太小屋(ログハウス)』 現代俳句の展開 第3期・4

樋上照男 著
(頒価1,500円 2017年4月刊)

俳句を詠むことで科学の目指すものへの科学者の
良心の歯止めをしっかりつけようとしている。
(中略)パフォーマンス自在な樋上照男の存在は、
「岳」俳句会ばかりでなく、日本の自然科学者俳人の
明朗闊達な良心として貴重である。
              ―宮坂静生「序」より

黒南風や貝殻溜まる磯の隙
月の夜荒野に眠る土耳古石
海鞘喰うて杜の都に雨の降る
帯解けばざらと素麺零れけり
結晶の育つ二月の試験管
森揺れて囀りは早口言葉
狼になり損ねたる月夜かな
月影や淀の湾処に琵琶鱮
発条の捩子巻き戻す原爆忌
桔梗咲き何か覚悟のやうなもの
            自選十句

句集『青』 現代俳句の展開 第3期・3

杉本青三郎 著
(頒価1,500円 2017年3月刊)

当たり前の世界の中で、
それぞれが
個性を持って光り輝く。
青は青らしく
光り輝けばよい、
という覚悟がそのまま
自由な地平線への
出発となる。
句集『青』の世界に
遠浅の青色青光を
感じるのは
ぼくだけではあるまい。
       (前田 弘)

誰もいないのが正しい枯野原
箱庭の中で迷子になっている
寒林という太古の海の匂い
ぶらんこの停止真昼がぶらさがる
えごの花川は流れて音となる
蜥蜴の尾濡れた真昼が残される
近づいて金魚を話しやすくする
白さるすべり天空に水辺あり
晴れ渡りすぎ紫陽花の肉離れ
雲の上のバナナはるかなる戦場
            自選十句

遺句集『花まつり』 現代俳句の展開 第2期・10

城 寿子 著
(頒価2,000円 2017年3月刊)

ドキュメンタリーあり
ネオリアリズムあり
周到さの中に、余裕と
豊かさを感じさせる
城寿子独自の世界がここにある。
         ──中村和弘

竹とんぼふはりと届く花見の座
夕日染む幾何学模様牡蠣筏
空撓め昇りゆく飛機青田波
台風過漁火は海かがる糸
晴天の雀を零す雪間あり
山の子の分厚い服や入学す
十薬の土手に風撒く山手線
爆音下泥落花生黒く積む
沈金のやうな一湾鳥帰る
来迎会この世に渇きラムネ飲む

句集『針突(はじち)』 現代俳句の展開 第2期・9

大城あつこ 著
(定価:私家版 2016年10月刊)

ひまわりの芯の昏さに突き当たる
あのひまわりの中にゴッホの狂気や苦悩を
見ていたのかも知れない
    (岸本マチ子「序にかえて」より)

あっけらかんと少女の素肌夏に入る
恍惚の母の寝息にちちろ棲み
風ながれ鬼になりたい芒原
ひまわりの芯の昏さに突きあたる
左心房透きとおるまで芹なずな
火種いま沸点の島蝉しぐれ
繕っても朧ぼろぼろするばかり
如月のところどころは萌黄色
生き方を自ら決めた蛍の夜
六月の蛇口開ければ生きる音
            自選十句

句集『蟬氷』 現代俳句の展開 第2期・8

春田千歳 著
(定価2,000円(税込)2016年11月刊)

ラ・フランス絶対転ばない自信

卓上に無造作に置かれたラ・フランス。みてくれは悪いが味は上品でうまい。不細工な不正円だが絶対に転ばない。ラ・フランスの客観写生のようだが、加齢を意識した作者の自画像かも…。否、ほんとうは俳句の正統を希求しながら異端に遊び、しかし、絶対に転ばない、という作者の進むべき俳句の姿を暗示しているのだ。      ・・・前田 弘

初蟬に木の震へをり祈りをり
鬼房よ橅一本は寂しいか
ぶよぶよと正義の形アメフラシ
牛蛙牛を喰ひたるやうな声
蛇泳ぐ油のやうに死のやうに
睡蓮の咲くまで橋の眠りをり
月冴えて永田洋子を処理できぬ
謎々のはじめは少女兎跳ぶ
3・11仕舞ひ忘れし雛の眼よ
鰭あれば死者とふれ合ふ青水無月
            自選十句

句集『水陽炎』 現代俳句の展開 第3期・2

長井寛 著
(定価1,500円(税込) 2016年10月刊)

朝ぼらけ東の空が茄子紺に映える。
朝焼けを煮詰めてゆくと小昼の底に素心だけが残る。
 俳句は旅人の素心より生まれる。
真っさらなそんな俳句を詠みたいと思う。 長井寛
一羽づつ曇天になるゆりかもめ
ひらがなの雪降る声を聴きにけり
かなかなの啼き出す刻を禅という
おもいぐさこんなところに神獣鏡
昼と夜の重なってゆく白木槿
人なべて途中下車せり葛の花
遊星になりそこなってしゃぼん玉
昼月の落つ地平線水母浮く
星祭り遠くに居るという長姉
白骨の母とふたりの十三夜
            自選十句

句集『砂川』 現代俳句の展開 第3期・1

西村智治 著
(定価1,500円(税込) 2016年10月刊)

12匹の猫と暮らしてきて、皆見送ってきた。
猫と生きてきた、というより、
それが生きるということだったのだろう。
その猫たちと妻にこの句集をささげたい。
           ――著者

​      岡田一夫選十句
砂川は物陰多き花臭木
長葱のなか薄明のごときもの
合歓咲くや冥土に二匹猫送り
寒鮠の佳味に齢の届きけり
くろがねの足踏みミシン栃木の夏
外套にてルオーの青の前に立ち
清明に遠方というところあり
ムスカリや夜は星々も走るなり
青鬼灯の苦みに性のごときもの
雨水後の五日を何もせで過ごす

句集『宿題』 現代俳句の展開 第2期・7

足立喜美子 著
(定価2,000円(税込) 2016年9月刊)

本句集の核心は、作者特有の「笑い」の世界である。
読者は作者の笑いの魔法に操られてゆくだろう。
笑いの種類も変化球投手のように多彩だ。
         佐怒賀正美(「序に代えて」より)

栗剝くや丹波に生まれ離れても
雲の峰彼の世この世の鬼の貌
われからの声か土偶のこゑか暑し
紫式部へ手毬ころげてゆきさうな
狐火や母の死風化するばかり
花野まで来て宿題があるといふ
空蟬をのせて新聞さざなみす
ドーバー海峡夢見て水着試着かな
ぽつぺんを吹いて他人のやうな音
風来て風がはづかしげなり冬桜
            自選十句

句集『大田螺』 現代俳句の展開 第4期・9

小林春代 著
2018年9月発行  頒価 1500円

どこか自嘲に遊びがある。
いうならば自分を貶めて楽しんでいるようだ。
自分を底へ貶めて
底から這いあがる芸を見せる。宮坂静生(「序」より)

春の野に的のごとくにひとりかな
大根抜くたびに人の名忘れをり
海に棲むものみな無言ビキニデー
打水や一世を点と思ふ時
蛇穴を出づやこの世の青びかり
金脈も水脈をみな木の根明く
突発性難聴春の海の中
連合ひとは乗らず朧の観覧車
子の消えてわんさわんさとつくしんぼ
水槽のはんざきよ娑婆生き難し  自選10句

句集『青い絵タイル(アズレージョ)』 現代俳句の展開 第2期・6

斉藤すみれ
(定価2,000円(税込) 2016年9月刊)

爽やかな女性である。「爽やかさ」は生来の
ものもあろうが、長い人生さまざまな哀楽
を経て、つとめて身につけるものでもある。
(中略)句集「青い絵タイル」は歩けば長い
人生の出発に相応しい宝物である。
宮坂静生(「序」より)

デジャ・ビュは蟇鳴く沼原(ぬまつばら)
どんどの炎猛りて海へ海へかな
赤とんぼ宙に数多の基地もてり
露の世を星仰ぎつつ生きたしよ
沖波に暾(ひ)のあたりたる紫羅欄花(あらせいとう)
身を揺すり夜は獣となる桜
水を押す水のかたまり鳥渡る
煌めきを集めてゐたる浮巣かな
サン・ベント駅の涼しきアズレージョ
燃ゆる目よ秋の蛇飛び込む刹那
            自選十句

句集『武骨』 現代俳句の展開 第2期・5

小笠原至 著
(定価2,000円(税込) 2016年6月刊)

この句集は作者の反骨心、自嘲、滑稽、含羞、
矜恃、時折のペダンチズム、そして韜晦、
それらが「武骨」の裏打ちの上に
バランスを取りながら輪舞を見せている。
   ――佐怒賀正美(「序に代えて」より)

北上川の無骨な冬を邀へけり
津波幻聴暁闇邃く鳥渡る
シーソーに杜甫と李白や天高し

句集『面白き人生』 現代俳句の展開 第2期・4

長尾信子 著
(頒価1,500円 2016年5月刊)

「犀」誌上の作品を具に見てゆき、
その中から秀句を拾い上げると、
なんとも見事なその晩年の景が
表れてきたのに驚く。
    (桑原三郎「序文」より)

  銀河系の暗黒物質ところてん
  眦にクレオパトラライン夏の猫
  初弥撒や一番好きな帯締めて

句集『五彩』 現代俳句の展開 第2期・3

山﨑百花 著
(2,000円(税込) 2016年4月刊)

第二芸術やそれ以下の現実にたっぷりと根を張り、
そこから豊かな養分を吸い上げて、時々第一芸術の
花を咲かせる道もある。(中略)そうやって思いを深化
させ、その深化を俳句の言葉として持ち帰った時、
俳句は文学になる。       (「序」より)

  ジョバンニの切符身に入む色として
  恐山にわたしの地獄おいてきた
  一灯へ集まる雪の五彩かな

句集『零』 現代俳句の展開 第2期・2

神山宏 著
(定価2,000円(税込) 2016年4月刊)

神山宏は、まことに多様である。
自然、風景を人間臭く把握する心は
変わっていないが、
その表出は様々である。(中村和弘)
鳩と化す鷹は唯今織の中
寒雷やきょとんと一升瓶のあり
春鴉鉄の匂いのする空地

句集『雪解瀧』 現代俳句の展開・10

齋藤雅美 著
(定価1,500円(税込) 2015年9月刊)

北辺の地を意識した厳しく雄大な山河に真向かう作者は、
一方でふだんはウィット豊かで現代に心をひらいた生き方を
見せているのであろう。 ―「序に代えて」(佐怒賀正美)より―

あかつきの地平をわたる雪微塵
海霧来れば死木が叫ぶ風岬
狐ゆく氷湖さへぎるものもなし
たてがみに氷からませ放ち馬
修羅に果つシャクシャインも狼も
気だるさや羽ぬけ駝鳥の大目玉
サイドカー速し残暑が追ひかける

句集『漂泊』 現代俳句の展開 第2期・1

細根 栞 著
(定価2,000円(税込) 2015年8月刊)

鳥渡るころか埴輪の泣くころか

ここには生来の「端正」さに加え
表現における「真実」の「実」との
かなり高度な合体がある。
     塩野谷 仁(序に代えてより)

叙事詩あり春夕焼の丘があり
寂光の花は風なり風は花
蛍袋から青僧がぞろぞろ
漂泊の風は旅人青山河
空(くう)という重さ泰山木の花
白日の青葉木菟なら逢いにいく
美しき罠ひとむらの曼珠沙華
補陀落の一景として露の玉
鳥渡るころか埴輪の泣くころか
北天の星よ鎮守の梟よ
            自選十句

句集『子午線』 現代俳句の展開・9

月村青衣 著
(定価1,500円(税込)2014年12月刊)

平成18年から平成26年までの372句を収めた第一句集。
子午線はこの辺と剥く青林檎
狐火を描いて私の地図になる

この句集には通り一遍の「抒情」ではなく、生きざまが為せる「叙情」がある。作者はいまも多病との闘いの最中にあるが、いま以上に我が身を愛おしんで、次なる句集に向けて確実な歩みを続けられることを願いたい。(「寡黙なる叙情 序に代えて」より  塩野谷 仁)

句集『夢幻流転』 現代俳句の展開・8

小橋啓生 著
(定価1,500円(税込) 2014年9月刊)

何よりも、
あの目映き火焔式土器のゴシック様式を、
彼の俳句が覚えず内包している所が凄い。
     ―岸本マチ子「序にかえて」より―

初日影一瞬のわれ流転の丑
月光の結晶のような沈思かな
獏獏と夏の夢食うキリンの首
蝶飛んで夢幻光年妊れり
雨粒は白いほうたる激戦地
東日本傾いて咲く桜さくら
母刀自はほたるぶくろの湖音す
団扇より未帰還兵へ風の息
空椅子に白い八月ぽつんと居る
寒夕焼大き火種の女燃え
             自選十句

句集『緩和時間』 現代俳句の展開・7

越野雄治 著
(定価1,500円(税込) 2014年8月刊)

第一句集といえば、それらしい表情が見えるものだが、
この句集にはそれがなく、経歴の長いベテラン作家
の作品集のように読める。それぞれの作品は、ためら
うことも気負うこともなく、自分の方法と自分の言葉で
的確に対象を把握している。     ――長峰竹芳

天平の 微熱ほのかに袋角
黙禱は何も祈らず沈丁花
辣韮をカレーは嫌ひかもしれず
        ――自選3句

句集『花暦』 現代俳句の展開・6

西原三春 著
(定価1,500円(税込) 2014年1月刊)

西原三春さんの俳句に会ってもう四十余年になる。今も昔と同じように思うことは、日常の暮らしの身辺にこんなにも多くの心を和ませるものやことがあったのだということだ。それらが、平明なことばで三春さんの表情をもった句になってゆく。        (宇多喜代子)

師の在せばやはりコーヒー春の雪
はぐれ鴨流行色は黒なるよ
白南風や螺子ほどけゆくオルゴール
無口なる人に嚙まるる海鼠かな
母の骨吾を三月に産みくれし
小雨にて終らせたまふ今世紀
据ゑ石は中まで石か星月夜
蚊帳吊草長い昭和のありまして
鳥渡る一直線のこころもて
灯る街柚子湯に入る日なりけり

句集『一里塚』 現代俳句の展開・5

並河洋 著
(定価1,500円 2013年8月刊)

米壽を迎えるにあたり俳句人生の証しとしての句集を残したく
第二句集を刊行することとした。
私の人生には六つの大きな転機があった。
あと残るのは一つの転機である。

片蔭や死とは安堵の一里塚

消えるまで幸せだったシャボン玉
仮の世の締めは散骨パセリほど
秋の海パレットにスパイスを少し

句集『氷点下』 現代俳句の展開・4

斉藤道廣 著
(定価:本体1,500円+税 2013年8月刊)

月日に季節が立ち
その季節もやがて遠く過ぎ去る
          季節は一会の愛であり

           俳句は慈悲である

出会いの句を集めてみました
偶然をしたためる

季語の力をかりました

肋骨(あばらぼね)五本切り取る氷点下(ひょうてんか)
葬(ほうむ)るに手に何もなし凍土(ツンドラ)や
花鯎(はなうぐい)妻が単身赴任(ふにん)せり

句集『桜鯛』 現代俳句の展開・3

松本道宏 著
(定価:本体1,800円+税 2013年5月刊)

文豪のごとき瞳の桜鯛 松本道宏
文豪によせる尊敬の念、文芸によせる作者の情(こころ)がずばりと表現されている、と同時に桜鯛もまことに貴重なものに見えてくる。発表当時、群を抜いて評価の高かった句で作者にとって記念すべき一句である。       (中村和弘「跋」より)

文豪のごとき瞳の桜鯛
野遊びや馬を跳び越え馬となる
新涼の馬よりもらふ輻射熱
マラソンは聖者のあへぎ柚子匂ふ
仔馬立ち母より低き世界見る
福助の福耳重し黄落期
図書館の午後を曇らす黄砂かな
一閃の新幹線や田水沸く
訪ふ度に違ふ悲しみ沖縄忌
肉体を抜け出す思考冬至風呂

句集『塵芥句菟抄』 現代俳句の展開・2

太秦女良夫 著
(1,500円 2013年5月刊)
『塵埃句蒐抄』は世に出ることのない
未発表句の言霊を供養する塔墓に代わる。

『祝意応谺』は二百冊以上の贈呈句集に対する

祝句の中から六十句を選び諸覧の目に曝すことにした。

ファーブルの蟻を跨いでふりむくな
音すべて吸い込み雪の嵩増しぬ
啤酒で一気の乾杯しておでん

句集『ことばの芽』 現代俳句の展開・第4期10

関根洋子 著
2018年9月発行 頒価2,300円

少しでも美しい日本語に近づくように
これからも「ことばの芽」を優しくあたためて
俳句という文芸を紡いでゆけたらと思います
不死鳥の翼くれなゐ滝桜
蠟梅やあたためてゐることばの芽
さはさはと風の先達魂迎
春の月朱し余震の中に座す
羽衣を舞ふ月光を天蓋に
つくばひを天心として夏の月
神渡し地軸傾く地球かな
一山を占む一匹の法師蟬
地卵のわづかな温み朝桜
蟬の木の下密談も雑談も
初鏡猫に正座のありにけり
一枝切るあぢさゐ飯島晴子の忌
曲がりたる山河の味の茄子胡瓜  自選13句

句集『蝶のみち』 現代俳句の展開・1

岡崎淳子 著
(定価1,500円(税込) 2013年4月刊)

〈晩年の右手に弾む手毬歌〉
のような生涯の一冊――。
しかし、俳句はここからの思いも亦真実。
落日の加速ガラスのエレベーター
かの世からはらり初蝶ひらりと子