窓を抜けて

木村聡雄

 窓は、光を取り入れ、あるいは風が通るようにと設けられている。ところが想像力の中ではどうやらそれだけではないようである。今回は窓にまつわる句をあげてみよう。

暖かな夏の雨詩人のために窓は開けて      ハーブ・テイト
warm summer rains a window opening for the poet Herb Tate

 一行書きの句である。近年の日本の夏はエアコンなしでは命の危険もあるとまで言われるが、一方、この句が書かれたイギリスの夏はそこまで暑い日はめったになく一般の家ではエアコンがないことも多い。雨も少なく夏でも湿度は高くないので、少しくらいの雨なら窓はあけたままということもあるかもしれない。この句では、窓を開けておくのは「詩人」のためだという。その詩人が誰かは書かれていない。もし詩人が窓の内側にいるなら、詩人とは家族や同居人、あるいは作者本人(俳句詩人)かもしれない。窓を開けておけば景色が目に入ってくるし、風や気温・湿度・匂いなどを感じ取れるだろう。そう考えると、われわれ俳人にとってはよく分かる話である。他方、この句の表現なら詩人は窓の内側ではなく外にいるのではないか、と考える読者もいることだろう。すると想像は一気に膨らんで、たとえばロミオとジュリエットのバルコニー越しの初めての逢瀬のようなロマンティックな情景さえも浮かんでくるかもしれない。いずれにしても、そうした詩的インスピレーションの通り道、それが窓であるとこの俳人は言いたいようである。

夏のそよ風 a summer breeze カーテンをすり抜け slip through the curtains…
私の秘密が the secrets I keep アニー・ウィルソン Annie Wilson

 「カーテンをすり抜け」るとは、そこに窓があることを示している。「夏のそよ風」の後に切れがあって、カーテンをすり抜けてゆくのはそよ風ではなく「私の秘密」である。(細かい話だが、動詞 “slip” が単数を表す形ではないので、主語は “secrets” となる。)「秘密」がすり抜けてゆくとは穏やかでないが、外から室内の様子が伺えたのだろうか。
 ところで、まさにそんなテーマの不可思議な曲がある。オーストラリア出身の歌手ヘレン・レディーの「アンジー・ベイビー」(1974、全米第1位)で、当時日本でもラジオからよく流れてきたのを覚えている。歌詞の内容はというと、自宅で自分ひとりだけの世界に引き籠っている少女アンジーはラジオだけが友だちだった。(当時、スマホもSNSもまだない。)ある夜、近くに住む少年が窓から彼女の秘密の世界を覗き見て、邪心をいだき押し入ったのであった。その直後、少年はこの不法侵入に対して不可思議な報いを受けるのである。彼は部屋に入るや眩暈に襲われ、その世界の守護神とも言うべきラジオの中へと吸い込まれてしまった。二度と出て来ることはなく、町では少年は行方不明と噂されるというミステリアスな歌である。なによりも、このあまりに独特な想像力の曲が全米1位になるほど支持されるとは、わが国のヒット曲の多くでお決まりの元気が出る歌詞との落差に驚かされる。音楽のみならず、海外俳句作品でも日本とはまた異なった多様な着想が見られることもあるだろう。
 さて引用句に戻れば、窓をすり抜けた秘密とは何だったのか。われわれはあれこれ想像してしまうのだが、そうすることで知らないうちに作品を完成へと推し進める読みに関わっているのである。
〈二句とも、和訳:木村聡雄 Blithe Spirit (33/3; 2023 august)〉

[“Through the Window”  Toshio Kimura]