俳句と韻文
👤加藤閑
【1】
このあいだふと思った。俳人は俳句を「書く」とは言わないと。わたしは俳句をつくるようになって日も浅いので(「門」に入会して五年目)、強い確信はないが、自分自身俳句を「書く」とは言っていないことに気がついた。一般的に文章に関しては「書く」と言い表すことに疑問はないのに、同じように言葉を文字で表す短歌や俳句に「書く」は馴染まない。まずは「詠む」とか「つくる」とかいう方が通りがよいように思う。それにしても普段俳句を詠まない人はどんなふうに言うのだろうか、そんなことを考えているうちにしばらく前にネットで観た落語を思い出した。
タイトルは「長屋の花見」。よく知られた演目だから思い当たる人も多いだろう。花の季節となり長屋連で花見に行く運びとなるが、大家に言われ、沢庵の玉子焼きに大根のかまぼこ、挙句の果てに酒は番茶という代用の酒宴で、盛り上がらないことはなはだしい。音を立てて「玉子焼き」をかじる人がいるかと思えば、酒には茶柱ならぬ「酒柱」が立つありさま。こんな俳句を「ひねる」人もいる。
長屋中歯をくいしばる花見かな
話中では、俳句は「ひねる」と言われており、しかもそれは落語の登場人物が口にし、聴衆も理解するほど広く流布している認識であるようだ。
俳句は詩の一形態だという人は多い。しかし詩をつくる際、「ひねる」とはあまり言わないだろう。詩人はやはり「書く」と言う。
ぼくは詩を書く
第一行目を書く
彫刻刀が、朝狂って、立ちあがる
それがぼくの正義だ!
吉増剛造「朝狂って」より(『黄金詩篇』所収)
けれどもさらに不思議なのは、実際に俳句をつくっている人はまず俳句を「ひねる」とは言わないことだ。少なくともわたしの周りでは聞いたことはない。ということは、俳人たちは自分がつくっている俳句は詩なのだという自覚のもとに作句しているからか、というとそういう風にも見えない。言ってみれば俳人たちはごく自然に俳句を詠んでいるのだろう。
【2】
詩歌、特に和歌、俳句の文章を韻文という。韻文とは韻律等の形式の整った文章、とりわけ音数(律)に一定の規則がある和歌や俳句を指すとされる。では詩はどうなのだろう。少なくとも新体詩以降の近現代の詩を考える場合、韻文を考慮するよりは、行分け詩と散文詩(少々古いがたとえば『悪の華』と『パリの憂鬱』)という分類の方がわかりやすい。この場合、作者(翻訳者)は韻文を意識しているかというとまずそれはない。(行分け詩も散文詩であるとする立場をとる文学者も少なからずいる。)
とは言え、詩人が全く韻律を意識していないかというと、もちろんそんなことはない。特に短い詩作品(一行詩等)ではそれが顕著に感じられる例が少なくない。あまりに有名な安西冬衛のこの詩。
春
てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。
音数を数えると、(5)+(4)+(9)+(7)で、最初の五音、最後の七音など、かなり和歌や俳句の音数に近い。作者の関心がどの程度音数にあったかはともかく、音韻に対する意識がはたらいていたことは間違いない。もう一つ言うなら冒頭の「てふてふ」である。この詩は歴史的仮名遣いで書かれているが「蝶々」と漢字を用いずに、この言葉ではリズムが強調される平仮名を採用したのにも韻律への思いが感じられる。
この詩を同じ蝶を詠んだそのほかの句と比べてみても、それほどかけ離れた印象はない。
蝶墜ちて大音響の結氷期
富澤赤黄男
多くの人が「蝶の句」というとまず思い浮かべるであろう富澤赤黄男の句だ。これら二つの詩句を並べてみると、かけ離れているどころか、安西冬衛の詩の方がよほど俳句的な韻律を感じる。「蝶堕ちて」の句の方は、俳句の定型に則ってはいるが形式を超えた劇的な描写に心奪われる。
それでは「20週俳句入門」という俳句の手ほどきの書を著した藤田湘子の句はどうだろう。
音楽を降らしめよ夥しき蝶に
藤田湘子
ある意味ではこの句は「蝶墜ちて」の句よりも一層詩的な悦びに満ちている。「夥しき蝶」は日々産み出される俳句作品の比喩ではあるまいか。「音楽を降らしめよ」とは、それらの句を祝福せよとあまねく宣しているように思える。しかし、どちらの句にも韻律への意識は感じられない。
韻律に対するこだわりが比較的薄そうに見える自由律俳句の場合、その傾向は一層強い。
一日物云はず蝶の影さす
尾崎放哉
もし、作者名を隠してこれを初めて眼前に差し出されたとしたら、「詩」だとは思いこそすれ、「俳句」と認識するのは難しいのではないだろうか。それほど自由律俳句と詩の文章の形態は近いと言える。
【3】
歌人の穂村弘がこんなことを書いている。
「短歌や俳句や詩などの韻文が、小説のような散文に比べて、一般に難しいと思われがちなのは、書かれた情報に圧縮がかかっているからだ。」(「『想い』の圧縮と解凍」『短歌の友人』所収)そして詩歌を解凍して理解するためには、「ひとりひとりの読み手が経験を積むことで、自前の解凍力を身につける必要がある」としている。
この見解は首肯できる。俳句ならさしずめ「省略と復元」とでも言うだろうか。いずれにしても、俳句にせよ短歌にせよ短詩の文章(韻文)には、ことさら韻律を主張するしないにかかわらず、匿された言葉が表現の豊かさを保証しているのだと言えそうだ。このように書きながらいま頭に浮かぶのは石田波郷のこの句である。
金雀枝や基督に抱かると思へ
石田波郷
霜の墓抱き起されしとき見たり
同
どちらの句も多くの言葉が匿されていて、書かれた言葉の奥行きに意識まるごと持って行かれそうな句だ。特に前者は塚本邦雄が『百句燦燦』の冒頭に置き、波郷の研ぎ澄まされた言語感覚を口を極めて讃嘆したことで広く知られている。
だが、それよりもわたしがこの二句を前にして感じるのは、表立って韻律を押し出した書き方をしているわけでは決してないのに、五感を揺さぶるように吹いてくる風だ。「韻文」とはそのような風を持った詩歌の文章にほかならないのだと思う。俳句にせよ短歌にせよ約束された音韻があり、受け継がれている定型のルールがある。しかしそれは絶対的なものではない。絶対的なものがあるとすればただ一つ、作者の内奥に秘められた動機だ。風はそこから吹いてくる。極めて個的なものではあるが、それが作品の容も韻律も決めるのだろう。要は韻律も個々の作品に即して存在するのであり、句が詠まれてはじめて色合いや息遣いを主張するのではないだろうか。「虚」の句といえども句を生み出した根源のリアルが問われる所以もそこにある。