👤羽村美和子選
現代俳句年鑑2026📚|80P~114P

【特選句】
渦巻ける銀河のほとり歩荷ゆく   
             大河原真青

「歩荷」は、山小屋へ荷物を運ぶことを仕事としている人を言う。
古くは修験者や山伏などの荷を背負って霊山に登った従者を言った。
掲句はまだ日が昇らない山道を「歩荷」が黙々と登り、その上に「銀河」が輝いているという景であろう。
しかし掲句にはそれに留まらない、悠久な時間の流れが感じられる。
俳句で「銀河」と言うと天の川を指すが、上五に「渦巻ける」を置いたことで例えば銀河系を思わせる、大宇宙のイメージとなった。
また、「銀河のほとり」の措辞も虚実のあわいの感覚があり効果的だ。
「歩荷」も山も一粒の存在となり、大宇宙の悠久の時間の中に取り込まれてゆく。
壮大な句となった。

【秀句5句】
親知らず置いてけぼりの春がある

             及川和弘
白鳥の夢にねぢれてはひりこむ
             大石雄鬼
早春の君に蹄のようなもの
             小野裕三
ロボットに愛を語らせ星祭
             かさいともこ
鮮やかな六面体の孤独です
             假屋園いく子

【1句目】「親知らず」、抜いた方が良いのに抜きたくない。その気持ちが昔話「本所七不思議」を思い出させた。抜かなかったら、家でのっぺらぼうが待っているかも知れない。「春」が怪しさを引き受けている。楽しい発想。

【2句目】漫画の吹き出しのようなものに、「白鳥の夢」と作者の夢がそれぞれあり、ぶつかり合っている様子をイメージ。「ねぢれてはひりこむ」に作者の苦々しさが感じられ、巧みで面白い。「白鳥」はどんな夢を見るのだろうか。

【3句目】何かに向かって歩き出した「君に」、土を蹴り走るための「蹄」らしきものを発見した。作者は安堵し応援もしている。「早春」にまだある寒さが、緊張感を与えているのが良い。

【4句目】近未来的な夢のある句。人と触れあうことで感情が多様に育つ、ペットロボットがテレビで紹介されていた。優しく接して「ロボットに愛を語らせ」れば、世界中の争いはなくなるかも知れない。明るい未来を心から願う。

【5句目】「六面体」で最も美しいのは水晶とか。「水晶は塵を受け付けず」という言葉もあり、その辺りが切り口かも知れない。理屈をぐっと堪えて詩的に表現した巧みさがある。


👤石倉夏生選
現代俳句年鑑2026📚|181P~213P

【特選句】
寒鯉は鰭だけで考へてゐる
             堀田季何

口語調の措辞だが、韻律が軽快で着眼の切れ味が鋭利である。
寒鯉は寒の水に密閉され、ほとんど動かない。
一見、生死も不確かである。
しかし鰭だけが生きる証しのように微かに揺れている。
作者の焦点が、ぴたりと絞られる。
もしかしたら鯉の頭脳は深い冬眠に入り、鰭だけで思考しているのかも知れぬ。
発想の具体化は一瞬に結実したに違いない。
さらに言えば助詞「は」の効用である。「が」と入れ替えてみると微妙なニュアンスの違いが分かる。後半のフレーズに比重がかかる「は」なのである。
俳句は、その発想で可否のほとんどが決まる。
掲句もその好例である。

【秀句5句】
生者も流る八月といふ大河かな
             橋本輝久
凍晴の音叉たたきしごと空気 
             原雅子
半分は此岸にかかる冬の虹
             掘尚子
なめくじり寂しくなれば立ち上がる
             前川弘明
立ち読みの町ごと消えて犬ふぐり
             前田弘

【1句目】確かに日本の八月の主役は死者で、生者は脇役である。その両者の睦む「八月といふ大河」。この共に流れる水と時間の、比喩的変換が絶妙である。

【2句目】鋭い感性のなせるわざ。凍晴の静謐な空間をどう捉えるか。作者は、音叉を叩いた時の鈍い響きと直喩した。まさに視覚聴覚混交の意欲作。

【3句目】虚と実の視点で言えば、実を詠みつつ虚を詠っている。此岸と彼岸、この世とあの世、虹はその虚と実の架け橋だと、句意は述べている。

【4句目】なめくじも意思に従って動く。意思と感情は表裏一体。感情は喜怒哀楽の心理現象。となると作者の断定に、簡単に共鳴してしまうのである。

【5句目】SFの異次元移動のような奇妙感。立ち読みの紙上の出来事か。それとも時代の変遷で消去された町か。犬ふぐりの鮮明な存在感が奏功している。