百三歳になった高柳重信
─ その2
👤後藤よしみ
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高柳重信 33歳
私と高柳重信との付き合いは、気がつけば十数年になる。
俳誌で評伝の連載を始めてからも、もう十年近い。長い縁だが、重信は決して「ただの師」ではない。
近づけば強く引き寄せ、同時にふっと突き放す。
まるで、こちらの歩幅を試すような求心力と遠心力を同時に放つ人である。
評伝執筆のために全句と関連書を読み進めた数年間は、休日返上で活字の海を泳ぎ続けた。
ようやく一冊を読み終えたと思えば、次の資料が「まだだよ」と袖を引く。
評論を書けば書いたで、一作で終わらず、二作、三作と尾根が延びてゆく。
登り切ったと思った頂の向こうに、また別の峰が顔を出す。
山は逃げないが、こちらは息が切れる。
それでも登ってしまうのだから、高柳重信とは不思議な山である。
これまで書いた評論を並べてみると、「皇国史観」「金子兜太との相剋」「マラルメと一行空白」「多行形式」「風景感覚の覚醒」……そして今は富士谷御杖とシュルレアリスムである。
どれも一度触れれば、こちらの手を離さない。
重信は、死してなお、読者を働かせ続ける稀有な存在だ。
谷川俊太郎のアトムが百三歳になっても空を見上げていたように、重信の言葉もまた、百三歳のいまも地中深くで光っている。
その姿は、どこか本居宣長のありようにも似ている。
『古事記伝』を理解するには『古事記伝』を読むしかなく、『古事記』を離れて『古事記伝』を読むことはできない。
同じように、『山海集』『日本海軍』を理解するには、それらを読むしかない。
そして、重信が向き合った『古事記』の深層へ、こちらもまた降りていかざるを得ない。
気づけば、宣長の森と重信の山脈を行き来している。
その果てしない道のりに、私はひとまず一里塚を置いた。
評伝をまとめ上げたのである。
まもなく『評伝高柳重信』として世に出るが、これも山脈の一合目にすぎない。
山はまだ先へ続いている。
題名に掲げた「百三歳の高柳重信」。
私が彼に出会ったのは九十歳ごろの重信であった。
若い頃から老成していた人だが、晩年の彼には不思議な忍耐強さがあった。
いまもなお、私の問いかけに付き合ってくれている気がする。
百三歳の重信。
では、私が百三歳になったとき、彼は何を語りかけてくれるだろうか。
そんな未来を思うと、少し可笑しく、そしてどこかかぎりない静けさが胸に広がる。
闇動くとき梟の首動く
後藤よしみ
後藤よしみ(ごとう・よしみ)
1958年 山形県生まれ
2018年 全国俳誌協会賞受賞
2022年 現代俳句協会評論賞佳作、埼玉県現代俳句協会大賞準賞
2023年 日本詩歌句随筆評論協会賞(評論部門優秀賞)
2025年 埼玉文芸賞(文芸評論部門佳作)
現在、全国俳誌協会常任幹事 現代俳句協会会員
鷗座同人・小熊座同人