徳を積む
👤木村菜智

いつからか「徳を積む」ということを大切にするようになった。
このエッセイを書くにあたって、改めて広辞苑を引いて意味を調べてみた。
「徳」とは、「道を悟った立派な行為。善い行いをする性格。身に付いた品性。」とあった。
日常生活の中で、私が実践している密かな「徳を積む」行為は、道端のごみを拾うこと、見ず知らずの困っている人に声を掛けたり助けたりすること、自分以外の誰でもできそうで今やらなくても大丈夫そうなことだが、やったら助かるであろうことを率先してやること、理不尽な怒りを向けられたときに黙ってやり過ごすことなどである。
これを行うポイントとして、個人的に大切にしていることが二つある。
一つは、自分にできる範囲で無理なく行うことである。
道端のごみも、ビニール袋を持参していたり、ごみ箱が近くにあったりするときにしかやっていない。
時間や心に余裕がないときは、今日はごめんなさいと思いつつやらないこともある。
でも、条件が揃えばやるようにしている。
二つ目は、見返りを求めないということである。
人間なので、どうしても善い行いをすると気付かれたいとか、感謝されたいとかいう気持ちが芽生えてしまうことがあるが、むしろ誰にも気付かれずにひっそり行うことが重要なのではないかと思っている。

このような心持ちで生活していると、思考がポジティブになっていくように思う。
例えば、非常に混み合っているスーパーの駐車場で、入口に近いところが自分が通る直前で奇跡的に空くことがある。
そのようなことが起こったときに、過去の自分の「徳を積む」という行為が、この幸運を引き寄せることができたに違いないと思うことができる。
実際には全く関係ないことではあるが、過去の自分を肯定することができて、また善い行いを続けていこうというモチベーションにつながるのである。

中学生の頃、代表委員会の場で「ペイフォワード作戦」という活動を同級生が提案したことがある。
これは、自分が受けた善意を、別の誰かに渡すという活動であった。
自分が「徳を積む」ということを意識するようになり、「ペイフォワード作戦」のことがふと思い出された。
私が行っているのは、あの委員会活動の続きなのかもしれない。
彼女の連絡先も何も知らないが、いつか会うことがあったとして、大人になって一人で勝手に作戦を実行していると伝えてみたら、彼女はどう思うのだろうか。

春日差

春を待つ採卵室に窓はなく
立春の小さじ二杯のおかゆかな
春日差ここが安置所だったころ
雛には胎児の寝返り見えるらし
初恋の輪郭濃くなって朧
春装の卒寿がしかと踏む東京
乳飲み子の耳の産毛や春北風
春の山いま膨らんでゆくところ

木村菜智(きむらなち)
1988年生まれ。岩手県出身 宮城県在住。
「小熊座」所属。


ぬくもり
👤西田順子

保育の仕事に就いて30年近く。
自然豊かな環境の中で子どもたちとかけがえのない日々を過ごしている。
常に全力で自分らしく生きる子どもたちと向き合うことに、時には難しさを感じるが、ふと子どもの心が動く瞬間に出会えるとなんともやりがいを感じるものである。

ある日3歳児の男の子Aは、友だちとの思いのすれ違いがきっかけで教室を飛び出した。
すぐに姿を追うが、なかなか追いつかない私を彼は察して、そこそこな所で止まってくれるようになった。
Aは優しいのだ。

「Aくん、さっき嫌やったんやよなぁ」

いつものように寄り添って思いを聞いてみるが、だんまりを貫く彼の姿に私も覚悟を決め、どかりと隣に腰を下ろした。
教室からは元気な歌声が聞こえている。
いつもならAも大きな声でよく歌う曲だが、テラスでそっぽを向いて座る小さなその背中は、ゆずれない思いと後に引けない気まずさでガチガチに固まっているようだった。

Aの家庭には最近変化があり、Aは寂しい思いをしているようだった。
ちっちゃな心は満たされない気持ちで一杯なのだろう。

言葉にならない思いをただ共感していると、テラスには時折冷たい風が吹き抜けていった。
(…木枯しって冬の季語やったなぁ)
そんな事を思いながら、私は小石を一つ転がしてみる。

「…コツン」植木鉢に当たり、沈黙の中に音が生まれた。
思ってもなく良い音に、よし、もう一回。
何度も転がすがどうもうまくいかない。
そんな小石の行方を彼も目で追い、じりじりと近寄って来ているのは知っていた。
気付かぬふり。
しばらく続けるととうとう、「先生へたくそ。Aがやったるわ!」と小石を手に横に座った。
二人で20回ほど転がした頃、「あたったー!」とAは私の胸に飛び込んできた。
じんわりと温かい体温が、冷たくなったスモックを通り抜け私の体に伝わってくる。
「〇〇くんにも教えたろか!」「うん!」手をつなぎ部屋に戻る頃、吹いていた風も木枯しから小春風に温度を変えたような気がして不思議なものである。

小春風会いたくなりて立ち上がる

一人一人性格も育つ環境も違っているが、どの子どもにも誰かに大事にされた経験を人のぬくもりとして心の奥に残してやりたいと日々思っている。

たんぽぽ

靴箱にたんぽぽ残し卒園す 
子育てのつばめの出入り町役場
畦歩く鳴らぬ草笛捨てながら
井守手にのせて優しき利かん坊
蚕豆をむく子もうすぐ兄となる
かぶと虫死んでしまへば軽きこと
母見つけ列の乱るる運動会
声大き子のよく回る独楽まはし

西田順子(にしだじゅんこ)
俳句結社『菜の花』同人 新人賞受賞