👤羽村美和子選
現代俳句年鑑2026📚|50P~79P

【特選句】
氏名ありあなたわたくし荒野の兵 
             池田澄子

氏名、名前は、人を他の人と区別するための呼び名。
人として唯一無二であることを示すものである。
掲句は「氏名あり」とまず提示し、当たり前のように、「あなたわたくし」と続く。
ところが下句の「荒野の兵」に、当たり前ではないことに気づかされる。
やがて無残に殺されるに違いない「荒野の兵」、彼も氏名を持っている唯一無二の存在なのだ。
殺されて良いはずがない。
名詞が繋がっているだけなのに、そう読める。
そこが俳句形式を巧く活用した、作者の手腕である。
余計な感情を書かず、読み手に感じさせる巧みさに、感動する。

掲句の根底にある、権力などによって奪われてはならない人間の尊厳について、深く心に刻み反芻し続けたいと切に思う。

【秀句5句】
骨よ骨よ虎の美し虚へ萌えよ 

             赤野四羽
人買ひの目をして歩く苗木市  
             飯田冬眞
ビー玉に虹を封じて擲弾兵 
             井口時男
屋根雪崩地神荒神地団駄弾
(やねなだれ ちじんこうじん じだんだだん)
             石川青狼
雪女凭れてをりぬ夜のポスト 
             五日市明子

【1句目】字面とリズムと景の良さ。虎と虚はとらかんむりで、虎を意符としている。美しい虎の気骨を念じたのか。巧く説明できないが、惹かれる。

【2句目】苗木市で、自分の目に適った苗木を探す。「人買ひの目をして」の措辞が面白い。

【3句目】擲弾兵とは、手榴弾を投げる兵。この兵は「ビー玉に虹を封じて」投げたのだ。ビー玉が壊れ、そこから美しい虹が立ち上がる。詩的な措辞を用いた反戦句。

【4句目】屋根からの落雪に、地神も荒神も地団駄を踏んでおられる。全部漢字かつルビで韻を整えての1句が成功。最後の「弾」が勢いや重さを強調している。

【5句目】雪女は誰に手紙を出したのか。ポストに凭れている雪女に、恋の切なさが感じられる。


👤石倉夏生選
現代俳句年鑑2026📚|147P~181P

【特選句】
色になる前の感情冬桜
             月野ぽぽな

詩的な感覚の措辞に立ち止まる。
イントロを反芻してみる。
まずは小倉百人一首の「忍ぶれど色に出でにけりわが恋の…」のフレーズを想像してみる。
「色」を恋心と単純に読んでもよい。
「冬桜」も効いている。
しかし作者の意図はもっと深いのではないか。
「色」の語意の通りに、カラーとして再読する。
句意が変貌する。
精神の内なる感情が、色として外部に放たれるとき、それは何色を呈するのか。
黄色い声、真っ青な顔、などと安直にイメージしてみたが、それは結局、読者の想像に任せて、「言わぬが花」なのかも知れない。
いずれにせよ優れた俳句は、読み手に想像の余地を広く残す。
言語の多義性もその一つに違いない。
掲句は、まさに出色の好例といってもよい。

【秀句5句】
縄のれん出て木枯となりにけり   
             髙橋和彌
QRコードから銀漢に入る 
             田中の小径
わが柩かつぎてゐたる昼寝覚 
             田村正義
地雷原にもたんぽぽは咲くだらうか 
             仲寒蟬
くるぶしの発火しさうに虫時雨
             中井洋子

【1句目】一人でもよいが、私は複数として読む。ひとしきり飲み交わし、酩酊し、木枯になりきって家路に着く。大胆な断定の切れ味が心地よい。

【2句目】情報やデータを瞬時に読み取るQRコード。作者はそのコードを通して宇宙への出入りが自由という。着目の核に漂う遊び心が魅力的である。

【3句目】夢の中の設定はなんでも可能だが、己が己の柩を担ぐとは。幽体離脱の感覚を、微笑のオブラートで包んだシュールな異色作。

【4句目】地雷原とはまさに恐怖を埋設した不毛地帯。二つの名詞が死と生を象徴しており、結句の疑問形が、終わりの見えぬ戦争の不安を暗示している。

【5句目】虫時雨のあのさざめきをどう書き留めるか。作者は、発火しそうと発想し、くるぶしに焦点を当てた。鋭利な感性の表出に感じ入る。