諸事
👤石倉夏生(いしくらなつお)

寒月光浴びて針鼠の気分
裸木の瘤と瘤とが笑ひ合ふ
海鳴りを増幅させる寒昴
冬霧の深きへ母を置いてきし
わびさびの微光を放つ雪蛍
不眠症の脳裏に人の集まり来
言葉よせつけず深紅の寒牡丹
名を呼ばれふり向けば北風ばかり
鯉ゆらぐ大寒の水軋ませて
耳打ちに冬夕焼の濃くなりぬ

石倉夏生「諸事」10句鑑賞
👤照井翠(てるいみどり)

▶寒月光浴びて針鼠の気分

「針鼠のジレンマ」を想起した。
寒月光のもと、身体を寄せ合い温め合おうとしても、互いの針毛が刺さり、離れてしまう。
近づきたいのに近づけない。
月の光が針のように降り注ぐ。
傷つかない距離なんてない。

▶裸木の瘤と瘤とが笑ひ合ふ

樹木は冬がいい。
すべてを落としきり、本当の姿を見せる。
瘤のないシュッとした木もあれば、瘤だらけのゴツゴツした木もある。
森の中は、瘤と瘤が笑い合い、実に平和だ。
人間のような賢しらな偽装はない。

▶海鳴りを増幅させる寒昴

冬の済みきった空気のもと、一際鮮やかに輝く昴。
六つほどの星が集まって、ひとつの生命体のように明滅して見える。
海と寒昴が、まるで呼応しあっているかのような世界。
海鳴りは海のいのちそのものだろう。

▶冬霧の深きへ母を置いてきし

「大和物語」の「姥捨」の段を想起した。
母は息子に背負われ、高い山の峰に置き去りにされる。
だが結局息子は母を迎えに行くのだ。
この句の母はこの後どうなるのだろう。
霧がはれたら、母は戻ってくるのか。

▶わびさびの微光を放つ雪蛍

青白く光りつつ浮遊する雪蛍。
綿虫、雪虫と呼ぶよりも光の要素が加わる。
雪蛍の何ともはかなげな姿や、空中を浮遊する様の静けさと美しさ。
そこに「わびさび」という日本の美意識と無常観を感じ取っている。

▶不眠症の脳裏に人の集まり来

眠りが浅いと変な夢を見る。
不眠症となれば、何が起きるかわからない。
普段は心の階層の奥深くに封印していたことも、いともたやすく顕在化する。
脳裏に人が集まってきたら、もはや革命でも起こすしかない。

▶言葉よせつけず深紅の寒牡丹

寒桜、寒木瓜など冬に咲く品種を見つけ、寒い時期に美しい花を愛でる。
日本人の風狂は少し怖い。
冬牡丹と違い寒牡丹は、葉が無く株丈が高い。
まして深紅の牡丹なら、言葉どころかあらゆるものを拒んで孤高。

▶名を呼ばれふり向けば北風ばかり

冬は内省の季節だ。
寒さが厳しければ厳しいほど、自分と向き合わざるを得ない。
ふいに名を呼ばれる。
かつて自分を呼んだ声。
懐かしさがこみあげる。
振り向いて見えた景は心象風景。
風は見えないし掴めない。

▶鯉ゆらぐ大寒の水軋ませて

一年で最も寒い季節、北国では池も湖も氷結する。
凍りつく前の水は、カクテルのようにトロリとしている。
「鯉ゆらぐ」も「水軋ませて」も透徹した観察眼と把握力による産物。
今も昔も、俳句は一語で決まる。

▶耳打ちに冬夕焼の濃くなりぬ

冬夕焼は怖いくらい濃い時がある。
ピンと張りつめた空気によるものか。
リミッターの外れた色彩のグラデーション。
息が漏れるようなささやき声に、思いは次第に濃くなっていく。
鼓動と色彩が同期した先は闇。