竹久夢二の俳句
👤木暮陶句郎

昨年(2025年)の募集要項表紙
よく竹久夢二に似ているといわれる。
青年期の夢二の写真が自分でもよく似ていると思う。
父が(公財)竹久夢二伊香保記念館を創設し、私は大学卒業後、10年にわたり博物館学芸員として、また事務局長として同館に奉職した。
その間、9月1日の夢二の命日に行う「夢二忌俳句大会」を立ち上げ、同館退職後もその実行委員長として昨年、第30回を数えた。
思い起こせば私が俳句の世界に入ったのも夢二のお陰なのである。
この大会の初期の選者は、当時親しくお付き合いいただいていた「ホトトギス」同人の方に選定してもらった。
そのご縁で本格的に俳句を始めることとなったのである。
そもそも夢二は『宵待草』の作詞や美人画家として有名で、俳句を多く残していたことはあまり知られていなかった。
そこに焦点を当てるため同館が調査研究を進め、集大成として平成6年12月に筑摩書房より『夢二句集』を発行した。
それを機に始まったのが「夢二忌俳句大会」である。
三年後には夢二の俳句を広く顕彰するために「夢二俳句大賞」の公募を行い、以後毎年多くの作品が集まった。
夢二の俳句は、明治38年ごろから雑誌や平民新聞に発表されはじめた。
〈行秋の桃栗三年柿八年〉
〈人間僅か五十圓程とりたがる〉
〈おぼろ月お一人なのと念を押し〉
など余技としての言葉遊びの延長だったのであろう。
大正時代に入ると、夢二は大正ロマンの旗手として時代の寵児となってゆく。
美人画の賛に、さらさらと俳句を書き添え落款を押す夢二の仕草が見えてくるようだ。
そんな夢二の俳句が、大正10年ごろを境に大きく変化する。
画家仲間の中沢霊泉に誘われ、本格的な句会に参加したのである。
主宰者は尾崎紅葉の「秋声会」に籍を置き俳誌「半面」を創刊した岡野知十だった。
その同人の上田龍耳とも知遇を得て、夢二は足しげく句会に参加するようになった。
〈新しき靴の匂や今朝の秋〉
〈天の川露台にのこる椅子二つ〉
〈庭石にぬれてちる灯や星まつり〉
〈こすもすや人も柱によりかゝる〉
などがそのころの俳句である。
夢二の俳句は、句会という場を得て、彼の絵と同様に耽美なる叙情性を獲得したのである。
そんな夢二の俳句を多くの方々に知ってもらうために、今年も伊香保温泉「ホテル天坊」にて9月1日「第31回夢二忌俳句大会」を行い、夢二の愛した榛名湖畔を吟行する。
そして4月下旬より募集要項を配布し7月末日締切で「第29回夢二俳句大賞」の公募も始まる。
募集要項ご希望の方は、木暮陶句郎までご一報ください。
悔い多き男と女夢二の忌
陶句郎『陶冶』
木暮陶句郎(こぐれとうくろう)
1961年群馬県生まれ。渋川市伊香保町在住
1998年、第9回日本伝統俳句協会賞、第10回花鳥諷詠賞、2009年、第22回村上鬼城賞正賞
現在、「ひろそ火」主宰、ホトトギス同人
群馬県俳句作家協会会長、日本伝統俳句協会理事、現代俳句協会評議員ほか
句集に『陶然』『陶冶』『薫陶』
伊香保焼陶句郎窯、Art Gallery Toukuro主宰。陶芸家