百三歳になった高柳重信
👤後藤よしみ

高柳重信 33歳

空を越えて ラララ 星のかなた ゆくぞ アトム ジェットの限り

60代以上の人なら、耳の奥にしまわれている「鉄腕アトム」の主題歌である。
あの言葉が谷川俊太郎の作だと知ったとき、私は少し不思議な感じがした。
宇宙へ飛び出す少年ロボットと、言葉の森を歩く詩人。
その二つが、ひそかに結ばれていたからである。

先日、銀座の画廊店主・後藤眞理子さんの講話「絵のある生活(谷川俊太郎さんとの思い出)」を聴いた。
ある詩の朗読会で、谷川俊太郎が自ら「鉄腕アトム」を歌ったという。
亡くなる3年前のことだった。
会場には、懐かしさと別れが同時に訪れ、静かな涙が広がったという。

さらに紹介されたのが「百三歳になったアトム」という詩である。
湖の岸辺で夕日を見ているアトム。
百三歳になっても、顔は生まれたときのまま。
ピーターパンに「きみ、おちんちんないんだって?」と問われ、「それって魂みたいなもの?」と問い返すアトム。

その「百三歳」という数字を聞いた瞬間、私は高柳重信を思い出した。
重信もまた、今年で百三歳になる。不思議な符号のように、二つの言葉が重なった。

後藤さんは語った。
「詩の前では、それまでと違う絵が生まれ、絵の前では、それまでと違う詩が生まれる」と。
私はそこから、もう一つの循環を思い描いた。
高柳重信の詩の前では、それまでと違う評論が生まれ、重信の評論の前では、それまでと違う詩が生まれるのではないか、と。

谷川俊太郎のアトムは、空へ向かって飛ぶ魂である。
高柳重信の言霊は、地に伏しながら言葉の内部を掘り進む存在である。

ふと、こんなことも思う。
谷川俊太郎のアトムには「ちんちん」はない。
しかし、高柳重信の言霊には、きっと「ちんちん」が付いている。
観念でありながら肉体的で、哲学でありながらどこか猥雑で、そして妙に無垢な言葉として。

谷川俊太郎と高柳重信は、かつて座談会で語り合ったことがある。
空を飛ぶ詩と、言葉を掘る俳句。
百三歳になった二人の言葉はいまも、私たちの頭上を横切り、同時に足もとを静かに穿ちつづけている。

百三歳になったアトムは、湖の岸辺で夕日を見ている。
百三歳になった高柳重信の言葉は、いまも私たちの時間の岸辺に立ち、沈みゆく意味を、黙って見送っている。

埋火の黙満つるまで灰ならす
             後藤よしみ

後藤よしみ(ごとう・よしみ)
1958年 山形県生まれ
2018年 全国俳誌協会賞受賞
2022年 現代俳句協会評論賞佳作、埼玉県現代俳句協会大賞準賞
2023年 日本詩歌句随筆評論協会賞(評論部門優秀賞)
2025年 埼玉文芸賞(文芸評論部門佳作)
現在、全国俳誌協会常任幹事 現代俳句協会会員
鷗座同人・小熊座同人