花びらを抜けて
👤木村聡雄

an unspoken assumption tracks through the petals
              Lee Gurga

語られることのない憶測花びらを抜けて
              リー・ガーガ

前回に続き、リー・ガーガ句集からの引用。
これも一行句だが、海外に俳句が紹介された明治期以降、三行(または二行)書きが主流だった外国語俳句も今では独自性を追い求める海外俳人ほど脱三行(一行あるいは多行)で書く傾向が増えつつあるように感じられる。

本作品では、まず「憶測」として気持ちの揺らぎが提示され、それは自らの外には表されることもなく心の奥底に漂うばかりだという。
一方、後半では「花びら」という目の前の鮮やかな具象が描かれている。
この花びらが散りつつあるものか、あるいは咲き誇っているのか、読みは読者に委ねられている。
写生とは異なるこのようなアプローチの作品では解釈は読者によっていく通りも可能だろうが、ここでは分かりやすくわれわれの日々に即してみれば、たとえば以下のように読めるだろう。

何かに向かおうとするとき、われわれは意識に関わらずあれこれと推測を積み重ねながら進んで行く。
そこまでの心の動きはたいてい言葉にする機会もなく自分の内側に渦巻いているままである。
実際の物事の成り行きはうまく行ったり行かなかったりといろいろだろうが、その結末が心地よく麗しいものであってほしいと期待しない人はいないだろう。
そうした光を目指す心の軌道を、花びらを抜けて行くと表現したと捉えられるのである。
おそらくは、われわれの一日一日はこうしたことの連続と言えるのだろう。

さて鑑賞の一例を散文化してみたが、結局のところ読者が作品から感じたままの思いこそ、その人にとっての読みの真実と考えられることもまた確かなのである。

(俳句英訳:木村聡雄 Lee Gurga, the whisper I wish for [2025])

[Through the Petals Toshio Kimura]