どうもどうも
👤武田伸一

川距つはるかにありて昼の虫
生身魂大谷のほか無関心
鮎食べて荒野の中をつき抜ける
壮年と見しは老人晩生刈る
いくばくの余命なるらん秋の霜
十年来一日二食秋深む
塵のなき在所子連れの熊が出る
秋の草花どうもどうもと死にゆけり
鹿三十中の二匹が争えり
十二月八日歓呼の声の突き刺さる

武田伸一「どうもどうも」10句鑑賞
👤杉美春

▶川距つはるかにありて昼の虫

秋が深まり、昼間でも鳴く虫。
夜の鳴き声とは違い、何となく弱々しく、途切れがち。
「川距つはるか」とは何処だろう。
「川」は彼岸と此岸、この世とあの世の境目かもしれない。
あるいははるか遠く、作者の産土の川なのかもしれない。
そんな川の向う岸で、昼の虫が鳴いているのだ。

▶生身魂大谷のほか無関心

暗いニュースの多い昨今、大谷選手の活躍は唯一の華々しく明るい話題だ。
戦争も災害ももう結構とばかり、大谷選手の活躍だけを楽しみにしているご長寿。
生身魂だから、無関心だって何だって許される。
楽しい事だけ考えて生きて行こう。

▶鮎食べて荒野の中をつき抜ける

鮎は清流で藻類を食べて成長する。
寿命は一年なので「年魚」とも、香りがあるので「香魚」とも書く。
美味で仄かな苦味と清涼感があり、食せば青い風が身内を吹き抜けて行くよう。
作者も一陣の風となって「荒野の中をつき抜け」て行くのだ。

▶壮年と見しは老人晩生刈る

最近のお年寄りは若い。
若く見えるのは良いが、晩生のように、普通よりも遅れて成長するのはいかがなものか。
今の時代は現役で働くお年寄りも多い。
必要とされるのは良い事だが、実りの時期=豊かな老後はほど遠い。
晩生の稲を刈りながら、ユーモアと皮肉を込めて今の時代を切り取っている。

▶いくばくの余命なるらん秋の霜

90歳を越えた作者。
「なるらん」という表現が「余命」という言葉の深刻さ・重さを、いっそ軽やかなものに見せている。
しかも「秋の霜」、まだ冬は先にある。
まだまだ余命は尽きそうにない。

▶十年来一日二食秋深む

一日二食はダイエット効果も期待できそうだが、新陳代謝を良くする、脂肪が燃焼しやすい、内臓を休ませるなどのメリットもあるそうなので、作者は健康維持のために続けているのだろう。
「秋深む」季節、寒卵のように食物は滋味深くなる。
人生もまた。

▶塵のなき在所子連れの熊が出る

昨今、塵のない清潔な住宅街、市街地にも冬眠のできない熊が出没する。
「塵のなき」とはいえ、果実や残飯はどこにでもあり、人間の食べ物の味を覚えた熊は人里で人間を襲ったりする。
掲句は淡々とその事態を描いているが、温暖化と自然破壊の中で「子連れの熊」の生きる悲しさも伝わってくる。

▶秋の草花どうもどうもと死にゆけり

「どうもどうもと」の表現の軽みがよい。
秋の草花が萎れて枯れてゆくさま、俯くように垂れ風に吹かれている様子を、軽やかにユーモアも滲ませて描いている。
この世に別れを告げるとき、人も「どうもどうも」、今までありがとう、と軽やかに告げて逝きたいものである。

▶鹿三十中の二匹が争えり

鹿は穏やかな動物で、争う姿はあまり見たことがないが、繁殖期には雄同士のつばぜり合いもあるのだろう。
それに三十も居れば、中には不機嫌で好戦的な鹿も二匹くらいいるのかもしれない。

▶十二月八日歓呼の声の突き刺さる

昭和十六年十二月八日は、太平洋戦争の開戦日である。
俳句の季語として現在に詠われるときには、負のイメージが強い。
「歓呼の声」はかつてあった、今はその声が「突き刺さる」。
二度と歓喜の声を上げて戦争に突き進んではならない。

武田伸一さんは、昭和10年秋田県能代市生まれ。
昭和25年、細谷源二の〈地の涯に倖せありと来しが雪〉などの作品に惹かれ、「氷原帯」に入会。
以降、「風」「寒雷」などを経て昭和37年、「海程」に参加。編集長を終刊まで23年に亘って務めた金子兜太の最側近の一人。
90歳の今なお「海原」の選者として活躍されているという。
昭和52年に第13回「海程賞」、平成11年に第54回現代俳句協会賞を受賞している。
句集に『武田伸一句集』がある。
尚、「海原」No.71、72(2025年9月、10月号)に、齋藤しじみ氏が、「子へ残す沃土蛇刺す幾重にも~武田伸一の青春と俳句~」について詳細に論じている。
若き日の武田伸一氏について知るには絶好の論考であり、一読をお勧めしたい。
ネットでも公開されている。