現代俳句2025年11月号掲載     写真提供:岡本宗佳

「百景共吟」より2句鑑賞

👤高木一惠

枯原に立つ白樺の夢の跡
              衣川次郎

掲句の白樺に作者自身を重ねたら、夢の跡はどんなだろうか。
筆者が白樺林を歩いたのは夏で、枯原のイメージには遠い。
晩秋の裏磐梯で見たダケカンバは、梢が枯れて骨のようで些か怖かった。

「白樺の夢の跡」にひかれ、師走の手賀沼を尋ねた。
此処に『白樺』のメンバーが住み、志賀直哉は『城の崎にて』や『暗夜行路』を執筆。武者小路実篤も居を構えたと、沼畔の白樺文学館に資料が並ぶ。
文学館の上手の直哉邸遺構の書斎には、机の脇に四角い火鉢が置かれ、邸の裏には石造の井戸があった。

当時の真冬の暮らしを想像すると、手賀沼の水光と共に若人の淑気に満ちた志が感じられて、白樺派と称された彼らが大正時代の文壇画壇の主要な勢力となったという、その実に触れた気がした。

黄落の最果てに来てゐたりけり
              百瀬一兎

黄落の一般的な解は「銀杏や欅の木の葉が黄色に染まって落ちること」だが、手元の講談社『日本大歳時記』では飯田龍太が、黄落の最も代表的な姿は銀杏ということになろうか、と解説しており、与謝野晶子の〈金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に〉も黄落の景かと思い返された。

「黄落の最果て」となると、視界の一切が「落」という動きの中で黄を極めた景を想像できるが、黄葉が地を覆って散り敷き、時に陽を受けて輝く景を「黄落」と捉えて、黄泉を連想することもあろう。

掲句にも、黄落の静謐に佇み、黄泉の入り口即ち生死の境に行き遇った作者の感動を見たのだが、他界を信じぬ筆者、或いは作者の酩酊は、黄泉でなく「美」の扉に行き着くのかもしれない。


 

「薄墨桜」より1句鑑賞

現代俳句2025年11月号掲載     写真提供:飯塚英夫

👤高木一惠

行く秋の出べその木綿豆腐たち
              布施伊夜子

木綿豆腐は豆乳ににがりを加えて固め、箱型に木綿を敷いて流しこみ、重しをして水分を切りながら固めて作る。
大量生産だとワイヤ入りの型にはめてカット、パッケージ機でシールをして完成となる。

手作りの木綿豆腐はぎゅっと絞られて弾力に富み、小分けにすると中央が突出することもあろう。
そんな出べそ(!)の豆腐たちは、冬を前にして気張る人々の素朴な姿を投影しているようだ。

「豆腐」という文字が最初に現れたのは中国の陶穀『清異録』(965年)であると『豆腐百珍』に出ている。
100種の調理方法を解説したこの書は文人が趣味で記したものとされるが、天明2年に出版され大ヒットしたという。
江戸の庶民にも愛された豆腐。現代の中国も日本も「豆腐」と呼んでいる。