第45回現代俳句評論賞 選考委員奨励作
<文字的なこと>を巡る
「オルガン」を中心として2015-2017を考える
(著者追記)この評論は新京大俳句会会誌「新京大俳句」創刊準備号(2025年5月発行)に掲載された評論を大幅に短縮したものです。より拡張されたものをお読みになりたい方はひとまず新京大俳句会のnoteの会誌の有料データからアクセスしてください。
👤蒋草馬
序
本稿は2015-2017の「オルガン」を中心とした中堅・若手作家に見られた一連の動きに一体性を伴った運動を見出し、その特徴を指摘するものである。1章ではそのための予備作業として幾つかの重要概念を設定し、その後に2章において分析を試みる。
1 <文字的なこと>のための予備作業
1.1 音声と作者
2015-2017の強烈な特徴を理解するためには、いくつかの概念を設定しておかなければならない。手はじめにそのおそらく最も包括的な意味を持つことになるであろう「音声」より作業をはじめたい。音声という事象についてこれまで最も示唆的な考察を与えたのはジャック・デリダ(1)であろう。彼の考察は、あくまで西洋哲学史上における音声の扱われ方の歴史にあてられているのであり、 音声そのものの特徴を決定づけるものではない。むしろ、西洋哲学に伝統的に継承され決定されてきた「音声」像の誤りをまさに西洋哲学自らのテクストによって指摘し、音声の決定不可能性を照らし出したのである。そこでここでは、そのような音声の決定不可能性に注意しつつも、音声という現象をそうは言っても幾らかの面で規定してきただろう西洋哲学史的「音声」像を<音声的なもの>と置き直し、のちの分析のための土台としたい。
では、デリダが実際に西洋哲学史の中に見出した「音声」とはどのようなものだったか。彼は西洋哲学史の中で音声が文字の上位存在として対置され、その階層秩序を伴う二項対立がプラトン=ソクラテス以降の形而上学的さまざまな二項対立および思想的態度と一体性を持って進展してきたことを述べる。即ち次のようなことである。
あらゆる場合、声は、<意味されるもの>が厳密に意味(思惟されたあるいは生きられた)として規定されようと、あるいはもっと大雑把に事物として規定されようと、<意味されるもの>の最も近くに存在する。声と魂すなわち<意味される意味>の思惟とを、さらには事物そのものとを不可分に結びつける。(今指摘したアリストテレス流にであろうと、また、事物(レス)をその形相(エイドス)をもとにして、またロゴス即ち神の無限の悟性の中で思惟された事物の意味をもとにして創造されたものだと規定する中世の神学流にであろうと)ものについて言えば、あらゆる<意味するもの>、そしてまず書かれた<意味するもの>は、派生的なものであるだろう、それはつねに技術的であり、代理的であるだろう。それはいかなる構成的な意味も持たないだろう。この派生は<意味するもの>という概念の起源そのものである。記号の概念は、つねにそれ自身のうちに<意味されるもの>と<意味するもの>との区別──たとえこの二つがソシュールの説くごとく究極的には唯一つの同じ紙の両面のごときものであろうとも──を含んでいる。それゆえ、それはロゴス中心主義の系譜の中にあるが、このロゴス中心主義はまた音声中心主義でもあって、すなわち、声と存在、声と存在の意味、声と意味の観念性、との絶対的な血縁関係でもあるのだ。(2)
引いた部分に分かりやすいように、音声中心主義は「区別」という記号論的な方法においてロゴス中心主義と結びつく。そして引用部にも示唆されるように主観(「魂すなわち<意味される意味>の思惟」など)にせよ客観(「事物そのもの」など)にせよ、ロゴスに導かれる真理を前提とした、主客図式の世界を同時に伴う。さらに重要なのは、声が意味の「最も近くに存在」し、支配してきたことである。このことは、言葉の意味を決定づけるのは話し手であるという態度であり、テクストにおいては作者中心主義と言える態度である。ここにおいて本節のはじめに措定しようとした<音声的なもの>の射程がまず一つ目の姿として現れる。<音声的なもの>はロゴス中心主義であり、主客図式に基づいた世界像であり、作者中心主義的態度である。さらにはこうした<音声的なもの>の歴史的群像に対置されることでそれとなく姿を示してきた<文字的なもの>の存在が現れてくる。<文字的なもの>とは音声中心主義の中で周縁へ配置された諸要素であり、例えば読者、(非-ロゴスという意味においての)未決定なものといった要素である。
これらの概念はさらに「もの」と「こと」の導入によって発展を見せるだろう。次節で見ていく。
1.2 「こと」と用言
「もの」と「こと」の議論は長らく言語的問題であると同時に哲学的な問題であり続けた。日本思想においては和辻哲郎(3)などに顕著であるが、さらにそれを引き継ぎ大成させたのは廣松渉(4)だろう。ここでは廣松渉の哲学における「もの」「こと」概念を導入することによって、<音声的なもの>概念のさらなる拡張を目指したい。この節の目的は、廣松哲学におけるもの/ことの概念の導入により音声/文字の地平を体言/用言という語の種類の問題へ接続することにある。
なぜ廣松哲学が音声/文字ないし<音声的なもの>/<文字的なもの>へと関係しうるか、それはひとえに廣松における「物的世界観」概念が主客図式において規定される点で極めて音声的だからである。デリダが音声の歴史として描き出した西洋哲学史は廣松においては「もの」の歴史として書き起こされる。
廣松の「こと」と「もの」についての考察は次に分かりやすい。
第一次的に存在する「関係」態が“つかみ”において現前化するのはまずは「こと」としてである。というよりもむしろ、「こと」というのは第一次的存在性における「関係」の現相的な即自対自態An-und-f ür-sich-Seinなのであり、この「こと」の契機が被述定的な提示態として対他的に自存化されることにおいていわゆる「もの」が形象化gestaltenされ、ひいては”実体”がhypostasieren(著者注:ドイツ語で「仮定する」の意)されるのである。(5)
事物を(対象の側についても主体の側についても)関係論的に見る事的世界観と異なり、物的世界観では世界が実体(あるいは「客体」ということにもなろう)として仮定され、主体である「私」がそこに判断を加える形で「もの」として世界の事物が認識される。ここにも声の主である「私」という属人的人称の観念の影響を見ることができるだろう。廣松においてはそのようなあらゆる事物が「もの」として認識される以前に一次的には「こと」が成立しているというのである。関係が実体より先立って一次的に存在しているということだ。この廣松の主張する「こと」の一次性については、本稿の主張にも役立つだろうが、中枢よりは外れるのでその論証はここでは省くこととする。そしてさらに、事的世界観はそのような「関係」に基礎づけられた認識の中で、特に認識主体の側で共同主観性を形成する。
茲に、翻って、「事態(こと)」は必ず誰かに帰属するということ、xが(a)であるということが誰かに対して対妥当するという存立構造は、謂う所の「誰」が認識論的主観として存立するかぎり、“認識論的主観”に対する対妥当性として把え返される。(6)
「こと」が認識されるとき、その認識は近代的な意味での「私」のみならず「他者」へも帰属されている。私の認識を決定しつづける他者たちの群像は「認識論的主観」となって私の認識に対して私との共同性を要請する。
ここで、事的世界観に従ったとき、従来の音声中心主義的な作者/読者の図式は書き換えられることが指摘できる。意味に最も近い作者が読者にその意味を授けるという図式はもはや効力を持たず、共同主観性に従って作者=読者の図式が要請されてくる。意味の所有者は作者ではなくテクスト自体であり、そのテクストは作者の決定を部分的ながらも免れて未決定なまま宙吊りになるのである。投げ出されたテクストは作者と同時に読者へも決定を要請し、両者は共同的に「こと」について叙述することになる。このとき作者と読者の共同生成体として新しく第三者である作中の主体が登場するのである。前節で<文字的なもの>の中に読者を措定したが、作者の特権性の彼岸には、読者と作者をこのような形で対等に扱う「テクスト」が現れるだろう。
さらに、「もの」と「こと」は言葉の問題へも接着される。ここでは特に名詞類といったそれぞれの語の種類がどのように「もの」や「こと」と関わっているかを見たい。廣松の分析では以下のようになっている。
「もの」は恐らく原初的には「普通名詞」で指称されるごとき有体的な対象を表わす詞から次第に無体的な対象にまで推究されるに至ったのではないかと考えられるが、「こと」は──よしんば当初は、殊更に事を構えたり事を起こしたりすることごとしい「事」のかたちで意識されたにせよ、──そもそものはじめから即自的には文章態に応ずることがらの謂いであったのではないか。
(中略)
言語活動の最も基礎的な場面は──それが外語となって表出されようと、さしあたり内語にとどまろうと──例えば、牛(だ)、火事(!)、動く、逃げる、黒い、大きい、といった、一語文のかたちをとるものであろう。そこで<牛>として覚知されるところの与件、あるいはまた<動く>として、<黒い>として覚知されるところの与件を現示的に意識する場合には、コレは牛(だ)、コレは動く、コレは黒い……というかたちになる次第であるが、畢竟するに与件コレが<牛>として、与件コレが<動く>として、与件コレが<黒い>として、述定されるという構造を呈する。(7)
すなわち、ものは名詞類=体言の形式によって表現される一方で、ことは文章態、それも究極的には一語文によって表現される(〇〇というモノは……××というコトは……という代入する語の品詞を問わない形での代入を通すと〇〇には名詞類しか入りえず、××には文章態しか入らない(8)。)。廣松においては、結局名詞類も述定を前提としたことばゆえに言葉は全て「こと」を一次的に置いているという主張になるのだが、それでも廣松が「牛」に対してその述定を表現するために断定の助動詞を補わざるを得なかったことは重要である。やはり元来の形のままですでに述定の様式を成している用言とそうでない体言の間には「こと」ないし事的世界観へどれだけひらかれているかに埋められない差があるようだ。すなわち用言は体言に比して「こと」にひらかれるのであり、それは同時に<音声的なもの>をより一層退けてもいる。用言がその定義から活用する語であることも重要である。用言の方がより文字的、未決定的であるのだ。
ただし、今に見たような廣松の超文法的分析への批判もあることは念頭におきたい。山本哲士(2019)は、日本語は述語制によってのみ説明されるとする一方で廣松の日本語の分析は主語制に基づいている(9)として、「もの」と「こと」の峻別および日本語における「こと」の一次性を批判する(10)。しかし、結果的に彼は主語制を離れた述語制の、主客未分離の状態にて共同性に開かれた世界像を評価する点で、廣松の世界像へ重複する。この重複に、廣松の「こと」「もの」については、言葉の問題をひとまず離れた世界像の概念規定としての有効性をここでは認めたい。述語制においても、その中心をなしているのは述部を成立させる活用語であり、自立語に限って言えば用言である。その意味で、批判を踏まえつつも、「用言は『こと』に接近する」という表現は可能であろう。
なお、話の簡便のために自立語を中心に語る地平の上で用言と体言を対置してきたが、これはかえって品詞の分類法の問題が持ち込まれることで読者の混乱を招きうるので、ここで少々の補足をする。用言と言っているのは、基本的に述定の形への近さをいうためのものである。そのため広く活用語を取れば、助動詞も自立語と結びつく形で用言たりうるし、名詞も助動詞と結びつくことで用言たりうる。ゆえに用言とは正確には普通の分類より僅かに拡張を施した「用言類」という意味において用いている。2章以降の「用言」という語もその意味において理解されたい。
ここに、第二の姿としての<音声的なもの>そしてそれに対置される<文字的なこと>が新しく現れてくる。音声─ロゴス─作者─主客図式─もの─体言、と、文字─未決定なこと─テクスト─共同主観性─こと─用言との間には相互に重複した構造を持った一体的な対立が見出されるのだ。このうち2015-2017では圧倒的に後者への傾倒が見られた。次章で見ていく。
2 2015-2017における<文字的なこと>、そして用言への傾倒
改めて今回扱う対象をここに一瞥する。2015-2017は「オルガン」誌の創設期にあり、同時期オルガン所属の同人が次々に句集を出し、俳句賞を受賞した時期である。鴇田智也『凧と円柱』(刊行は2014年。2015年田中裕明賞受賞)を革切りに、田島健一『ただならぬぽ』、福田若之『自生地』がともに2017年に刊行(福田若之については私家版で『二つ折りにされた二枚の紙と二つの留金からなる一冊の蝶』も刊行される。) 、さらに宮本佳世乃は2017年現代俳句協会新人賞(現兜太現代俳句新人賞)を受賞する。ここにさらに連動される<文字的なこと>の動きとして2016年田中裕明賞受賞の北大路翼『天使の涎』、翌年の小津夜景『フラワーズ・カンフー』も重要である。これらを一つの局と見たうえでその一部において検討を試みたい。
「オルガン」とは2015年に始まる鴇田智哉をはじめとした、若手中堅作家による同人誌である。その思想は創刊号の巻頭言の強烈な一節に印象づけられるだろう。
息をする、と言う。
息を、と。
でも息と、それをするものとは分けられない。
むしろ、息がする、と言ったほうがいい。
息が、するのだ。
俳句もまた、そうではないか。
俳句を、するのではなく、俳句が、するのだ。
俳句がする、4つのオルガン。(11)
この時点ですでに分かるように、「オルガン」は「こと」に対しての鮮烈な眼差しを持っている。「息」や「俳句」は一次的には「こと」であり「もの」にはなり得ない。ゆえに「する」という動詞は切断不可能であり、また「が」が文章態を形成することでより一次的な場所に「息」と「俳句」が置かれていく。
そのような作品観は創刊号の作品にすでに色濃い。以下にいくつか抜粋する。
生駒大祐
ちりぢりに梅見て川の流れだす
春の滝見る往来の畳あり
田島健一
木が生えている三月の雨あがり
胃に森があり花守が泣いている
鶴は手を欲しがっているくすぐる手
鴇田智哉
うららかに暮らした跡のあるほとり
いちめんに伝はつてゐる蝶のこゑ
宮本佳世乃
別れ雪崖線に階段のある
録音のやうな初音のなかにゐる
大学に食堂のある日永かな
隙間から渚の見ゆる桜かな(12)
これらはすべて「見る」「ある」「ゐる」といった、まさにこれまでの俳句史の中でたびたび意味のない剰語として自明視される形で抑圧を受けてきた用言である。これらの動詞が全同人の作品のたった十句の連作に含まれている(それも複数)ことは特徴である。巻頭言を踏まえればこれが単なる意味の単純化ではないことが推察されるだろう。
さらに彼らの思想は「オルガン」に収録される座談会やその他特集にも読み出すことができる。それらの「語り」は<文字的なこと>の行方を追わんとする本稿においては、補助的なものにしかなり得ないとも言えるが、「オルガン」誌の内部に織り込まれたテクストとしてその内容を発見することとする。全体的な<文字的なこと>への傾向はさることながら、中でも2015-2017の間に出版された「オルガン」のテクストにおいては鴇田智哉と福田若之(2号の座談会より参加)に特にその傾向を見ることができよう。
たとえば「虚と実」についての質問に対する鴇田の回答は見事に廣松の「もの」と「こと」の世界像へ対応する。
鴇田 「虚─実」と、「嘘─本当」を自分なりに分けておこうかなと思っています。「虚─実」に関しては実生活とは関係のない芸術としての表現のレベル。たとえば「ガラスの皿がやわらかい」と読んだとする。ガラスの皿がやわらかいということは、実生活ではありえない。でも表現としてはありうる。場合によっては、実生活よりもリアルな場合がある。そのリアルな場合を「実のある虚」と呼んだりするんだと思います。一方、リアルが感じられない場合は「実のない虚」ということになる。今、いったん「リアル」という言葉を使ったけど、その「リアル」が実であるということです。「虚─実」は対立概念でなく、「実のある虚」と「実のない虚」があるのだと思います。(中略)
一方、「嘘─本当」というのは。あくまで実生活のレベルの話。俳句を「意味」で読み、ときには作品のテキスト外の情報までも含めて読む場合の話。大阪に行ったことがないのに「大阪に行った」という句を作ったら嘘だし、海鼠を食べたことがないのに「海鼠を食べた」句をつくったら嘘という、そういう話。
(中略)実生活レベルでは経験していないことでも、見ることはあるし、聞こえることがある。そして、言葉になった瞬間に、それはもう経験になっているのだと思う。僕はよく「僕の俳句は全部写生です」と発言していますが、それはそういう意味です。
(中略)これは、僕の作品が「虚─実」が問題とされる場所にあり、「嘘─本当」が問題とされる場所にはない、という背景に基づきます。(13)
彼の俳句にとってより一次的な水準は「虚─実」の二肢構造に規定されているのであり、その二次的な派生として生活上の「嘘─本当」の二項対立上にある世界があり得る。前者は事的世界観における四肢構造へ(ここで鴇田が四肢ではなく二肢において世界を説明するのは「ガラスの皿がやわらかい」という表現へ主体と対象の問題を持ち込んでいないからである。) 、後者は主客対立に基づいた物的世界観へ対応する。より鴇田の「虚─実」という言葉に接近させた表現を廣松の語彙を用いてするのであれば、フェノメナルな世界において現象はレアール・イデアールが二肢的構造統一を経て現れる(14)、ということになる。
一方で福田においてはより一層「文字」を基点とした、未決定なものへの意識を指摘できる。特に「オルガン」5号の福田による小津夜景「THEATRUM MUNDI」評における福田=小津的意識にその意識が見られる。数箇所列挙してみる。
起源はもはや断たれてしまっているだろう。「約ゼロ」は「ゼロ」ではない。書くこととともに「ゼロ」へ戻ることは不可能になる。僕たちはすでにアバラヤを出てしまった。
記憶すべきものが無数であるということが僕たちに忘却を強いる。僕たちはどうしようもなく忘れる。忘れてゆく。
「すべての記憶を真実とみなすことはできない」のだ。(著者注:鉤括弧の中身は福田が小津の文章から引用したもの) (15)
音声=ロゴス中心主義の中で意味の起源であった作者は、起源の消失によりもはや到達不可能な地点になった福田(2015)自身がそう説明しているように、デリダは「それ以上遡ることのできない絶対的な起源というものを認めない」(16)。そしてものへ起源を求める態度は音声中心主義へ接続される。)。記憶という決定は、むしろ忘却を積極的に肯定する形で未決定なものへと溶解していく。ただし、彼の持つ作者と読者の図式は、デリダやロラン・バルト(17)の活躍期とその後に俳句界を含む世界中の文芸界を覆った作者の自死とでもいうような気風とは違い、また江戸俳諧に参照されるような作者即読者のようなものとも異なる。福田の中には主体および内部への意識、そしてその結果として現れる読者から断絶された「孤独」への意識も同時に存在している。
僕にとって俳句はかならずしも読み手とのコミュニケーションではありません。それでも、俳句を書くときに僕は俳句自体とはつねに触れ合っているはずで、だとすれば、俳句とのあいだにはコミュニケーションがつねにある。(18) 概念的な読者っていうのが、人間かどうかはちょっとあやしくて、人として立ち上がる、この現実にいる「誰か」っていうふうには思えないんですよね。システムとして「俳句を書く」っていうことに組みこまれている何かであるという感じがするので。(19)
作者が読者へ意味を伝えていく(communicateする)作者中心主義とも距離を置きながら、一方で「意味」は読者に投げ出されたわけでもない。意味はテクストそれ自体に投げ出されている。俳句というくらやみの部屋で互いに姿を確かめることもできないで作者と読者はそのやみをまさぐりあい、ある主体(場合によっては作中主体とも呼ばれうるそれ)はその両方をくらやみのどこかでじっと見つめるのである。
こうした<文字的なこと>に傾倒した意識は彼らの同時期に刊行された句集にも見出すことができる。福田若之『自生地』(2017)は次のようにはじまる。
気がつくと、ふたたびひどい部屋のありさまで、僕はそこに棲んでいる。
梅雨の自室が老人の死ぬ部屋みたいだ(20)
かつての無数の自死しようとした主体たちがついには自死に至らずに老衰を迎える。そのような何重にも繰り返された自死の意識のなかで、死ぬことがついに許されずにこの句集の主体が立ち上がってしまう。
句と句のあいだに配置される散文で幾度となく繰り返される「書く」という動詞は俳句の中にまで侵入する。
をあきのかぜと書く 裂け目(31)
野にかまきりが野を描いたひとの死後(37)
書く夜はみなとのように蛾に灯す (57)
蛾に染みる熱書きながら目をつぶる (58)
何も書かなければここに蚊もいない (61)
書き出して夜風キャベツの畝をゆく (74)
みなみかぜ書くものを喰う紙の鳥 (93)
秋の暮れに秋の暮らしを書き記す (127)
シャープペンシルで書く「さびしい」は霜のよう (151)
書いてまた崩して塔の霞む日々 (155)
履歴書を硝子のように書く寒さ (202)
万年筆で描きたい冬の夜の街 (221)
(著者注:各句の末尾の数字は『自生地』内のページ数。俳句史の「書く」はまさに「描く」からはじまったことを念頭に「描く」の句も拾った。) (21)
俳句でこれまで省略される運命にあった書くという動作・事象が前景化し、改めてその行為の存在がここに問われることとなる。<何も書かなければ>句は特にその一例となるだろう。そして、
かまきりは何ひとつ告げることはないだろう。
声なくずっとかまきりは声なくずっと(22)
音声の死が高らかに宣言される。福田がデリダ(あるいはバルト)の問題意識をどの程度引き継ごうとして『自生地』を書いたかは定かではないが、『自生地』の中で繰り返される音声/文字、暴力、起源・オリジナル/反復・コピー、記憶/忘却、connotateといった言葉やそれと意味を同じくするか類似する言葉の数々を見るに、かなりの度合いにおいてデリダとの共通の問題意識を汲み取ることが可能だろう。
同時に「こと」についても幾らかの要素を見出すことができる。その象徴として次の一句が挙げられる。
予言のようなようこそだったシャボン玉だ(23)
この明らかに五七調を崩す位置の「だ」が省略されずに残った事実は重要だ。名詞を述定の言葉として扱おうとする姿勢である。
「こと」への傾倒はさらに鴇田智哉『凧と円柱』(2015)と小津夜景『フラワーズ・カンフー』(2017)により強く見ることができる。まず『フラワーズ・カンフー』より触れたい。意識的にか無意識的にか、福田はこの句集を評する際にタイトルをデリダの援用において「〈フラワーズ‐カンフー‐すること〉」(24)と読み替えているのだ。
この句集の一句目はおそらくこの句集の中で最も人口に膾炙した句でありながら、2015-2017の三年間の局のひとつの頂点と言えることだろう。すなわち次の句である。
あたたかなたぶららさなり雨のふる(25)
この句においては体言の方がむしろ周縁に追いやられているのは明らかである。タブララサという名詞(しかもこの名詞は西洋哲学の文脈を引き連れる。実際のところタブラ・ラサ概念で知られるルソーをデリダは痛烈に批判したのである(26)。) の中に形容詞のような形態を見出し、しかもそれを「なり」において完全に用言化したことのみならず、下五の「雨のふる」も決定的である。この表現で省略の弾劾を加われうるのは「雨」の方であって、「ふる」を基点に成立した描写である。「降らない雨はない」という今日の俳句指導においても聞かれる常套句において、「雨」は「ふる」を句の外側へ追いやる側だったはずだが、この句においては上五中七の強烈な述定によってその関係は転倒する。修飾という語を使ってよければ、「ふる」が「雨」を修飾するのではなく「雨」が「ふる」を修飾する。「雨」の一物仕立てというよりは「ふる」の一事仕立てである。俳句史はこの句に到達することでついに体言と用言が完膚なきまでに転倒する点に出くわすのである。類似の形態で、用言が支配的な句はその後もいくつも続く。というより冒頭の句によってその後の句が用言中心的に読まれる契機に満ち溢れると言った方が良いかもしれない。しかも重要なことにしばしばそうした句はそれぞれの章段の(特に前半においては他の4句立てのページと違い二句立てとなっている)最初のページか最後のページという(従来の俳句史のマジョリティを占めたと思しきように、体言中心的な句の「つなぎ」として用言中心の句が置かれるのと違って、)重要な位置にも置かれる。
<あたたかな>句によって掘り起こされてしまった用言脈によりその後の句は多大な影響を受ける。
夏座敷しいんとしいんとぼるへす(27)
では、「ぼるへす」という人名さえも動詞だと読み間違えてしまう。そしてこの「間違い」は下記の句で確信へ変わる。
ゆけむりの人らと少しかにばりぬ(28)
これらの句によって固定されていたはずの名詞の形は動き出し、活用変化の側へ引きずり出される。こうして形成された用言脈はさらに後半で短歌や散文の並ぶ章段へゆるやかに接続されることとなる。
そして、小津の主体感にも<文字的なこと>の傾向は現れる。
またよしんば目覚めてゐたとしても、もしもその人がなにかを書いてゐる最中なら、夢を見てゐるのとまるきり同じ状態である。そこに書かれた文字もまた、書いた当人を離れどこまでも透きとほることで一種の逆説的な遮光幕と化し、その内容を美しき不可知、すなはち世界へのあからさまな無理解で包み込むだらう。
発語して光をにごす須臾となる(29)
ここでも書かれたものが作者を離れ、テクストは未決定性・不可能性に支配されることが述べられる。こうした未決定性は、まさに用言・ことの表現を通じて意味が投げ出されることで強調されるのであり、その強調がテクストの性質それ自体としての未決定性へ至る経路となる。発語、それ自体が常にテクスト性を持っていることまで示唆される。
鴇田智哉『凧と円柱』においては句がことごとく文章態で書かれるところに同じ傾向を見ることができる。『凧と円柱』の最も目立つ傾向は、述定を伴う文章態で書かれた句の多いこと、それも異常なほどの終止形へのこだわりを伴って書かれているということである。文法上の切れがなく用言、それもほとんどが動詞の終止形に着地するのである。数にするとそのような句は全231句のうち121句ある。切れがなく終止形以外で終わる句を合わせると140句、切れの有無を問わず最後が用言および活用語に着地する句はさらに増えて147句ある。(30)数の上でも文章態中心の句集であることが確認できよう。さらに今回は一律に数えるために数には含めていないが、
ふと知りぬ蝿の生れてゐることを
ささやきの聞こえる位置に菰巻が (31)
というような、あからさまな倒置形や述部の省略も多々あることを考慮すれば『凧と円柱』における用言の中心性は数値以上のものがある。また、当然文法的な特徴にとどまらない。それはまさに文法的特徴によって導かれたポエジーでもあるが、先に「オルガン」上に参照したような「虚─実」の二肢的構造統一を経たフェノメナルな世界を句の内容にも読み取ることができる。
ひなたなら鹿の形があてはまる (32)
句集を色濃く漂う用言脈、および述定脈──ここではあえて述定と言いたい──がこの句を二物(﹅)衝撃では説明できなくさせる。この句の主体が「ひなた」を見て「鹿の形」を「あてはめ」たのではない。掲句の書かれている状態が句集の上で先行する以上、この句の主体が「ひなた」を認識した時、すでにその「ひなた」は「鹿の形があてはま」っているのであり、いわば「鹿の形があてはまるひなた」を認識したのである。「ひなたなら鹿の形があてはまる」という「こと」がまず一次的に立ち上がり、その二次的要素として「もの」としての「ひなた」と「鹿の形」が取り出されるのである。ゆえに掲句は「ひなた」と「鹿の形」という二つの名詞類を体言中心主義的やり方で配置しただけでは成立しえず、「あてはまる」という述定を伴うことではじめて今に述べたような一次的事的世界の表現へ到達しうるのである。ここに鴇田が文章態で俳句を書くことへの必然性が指摘される。
結
以上に順に見てきたように、2015-2017における「オルガン」誌を中心とした局に私たちは強い<文字的なこと>への傾倒、そして時には転倒を経験したことになる。それは、例えば今回重点的に扱った福田、小津、鴇田の三人においてはそれぞれ「文字」「用言」「述定」(私はあえてこれらを意識的に使い分けた)に特徴づけられるように、全く同一に重なるものではなくむしろ強い相互の分化を伴っている。一方でこれら分化をもたらした諸概念は1章に示した方法で接続されうるのであり、<文字的なこと>という表現においてその一体性を指摘することができる。このような有機的organischな運動が2015-2017の三年間の若手・中堅作家に見られたこと、これはとても重要なことである。
(本文11905字)
注
[1] ジャック・デリダ(1930-2004)。フランスの哲学者。ポスト構造主義を代表する。
[2] ジャック・デリダ『根源の彼方に──グラマトロジーについて(上)』.足立和浩訳.現代思潮社,1972.
[3] 和辻哲郎(1889-1960)。日本の哲学者。
[4] 廣松渉(1933-1994)。戦後日本を代表する哲学者。マルクス研究や物象化論で知られる。
[5] 廣松渉『もの・こと・ことば』.勁草書房,1979.
[6] 同上書
[7] 同上書
[8] 同上書
[9] 主語制とは、主語が言語制度化された言語観全般のことを言う。山本は主語制という言葉を拡張的に用いているが、狭義の意味では三上章の著名な「象は鼻が長い」の例にわかりやすい。主語制においては、「は」や「が」が主格になってしまうが、それでは説明がつかない。述語制においては例えば、「は」は題目の「は」ということになる。
[10] 山本哲士『述語制の日本語論と日本思想 主語制「国語」への言語革命序説』.文化科学高等研究員出版局,2019.
[11] 『オルガン 1号 2015spring』.宮本佳世乃編.鴇田智哉,2015.
[12] 同上誌、生駒大祐,田島健一,鴇田智哉,宮本佳世乃「俳句」
[13] 宮本佳世乃,生駒大祐,田島健一,鴇田智哉,福田若之「座談会 生駒大祐からの質問状〜虚と実〜」『オルガン 5号 2016 spring』.宮本佳世乃編.鴇田智哉,2016.
[14] フェノメノン、レアール、イデアールについての詳しい説明は廣松渉『世界の共同主観的存在構造』の特に第一章にあるので詳しいことは参照願いたい。ここではひとまず読者への補助として京都大学文学部日本哲学史専修のホームページより廣松渉の説明を引用しておく。
廣松はこうした物象化論を発展させて、世界の共同主観的存在構造という独自の立場に立った。まず近代の「主体-客体」図式では「意識作用-意識内容-客体自体」という三項図式が成立してしまうと廣松は考える。しかしそうした三項図式はゲシュタルト心理学などから科学的に批判されており、もはや妥当性がないと考える。そこで廣松は現象(フェノメノン)の対象的二要因と主体的二重性について述べ、私達が認識する現象的(フェノメナルな)世界は本来、その二要因と二重性が重なり合った四肢的構造連関という在り方をしていると主張する。
まずフェノメナルな対象について廣松は、「即自的に、その都度すでに、単なる感性的所与以上の或るものとして現れる」と述べる。例えば私達が鉛筆を見るときそれは鉛筆「として」認識される。対象は常に「~として」という構造で認知される。この「~として」という構造は、イデアールなetwas(この場合鉛筆)がレアールな所与において肉化(inkarniren)しているということである。廣松はレアールとイデアールを交わらない対立としては見ずに、むしろ対象においてレアール・イデアールが二肢的に構造統一して現れているのだと考える。(「京都大学日本哲学史専修ウェブサイト」https://www.bun.kyoto-u.ac.jp/japanese-philosophy/guidance-hiromatsu/ 最終閲覧日:2025.4.15)
[15] 前掲誌[22]、福田若之「『THEATRUM MUNDI』再読」
[16] 「-BLOG俳句新空間-『評論・批評・時評とは何か?――番外編』/福田若之・筑紫磐井 2015年6月12日」https://sengohaiku.blogspot.com/2015/06/fukuda1.html 最終閲覧日:2025.4.15
[17] ロラン・バルト(1915-1980)。フランスの文芸批評家。
[18] 前掲誌[22]、宮本佳世乃,生駒大祐,田島健一,鴇田智哉,福田若之「座談会 生駒大祐からの質問状〜虚と実〜」
[19] 宮本佳世乃,生駒大祐,田島健一,鴇田智哉,福田若之「座談会Ⅱ 鴇田智哉からの質問状~読者について~」『オルガン 2号 2015summer』.宮本佳世乃編.鴇田智哉,2015.
[20] 福田若之『自生地』.東京四季出版,2017
[21] 同上書
[22] 同上書
[23] 同上書
[24] 「週刊俳句 Haiku Weekly 2017-07-16【句集を読む】〈フラワーズ‐カンフー‐すること〉あるいはアマチュアとして書くこと(後編)小津夜景『フラワーズ・カンフー』 福田若之」https://weekly-haiku.blogspot.com/2017/07/blog-post_16.html 最終閲覧日:2025.04.15
[25] 小津夜景『フラワーズ・カンフー』.ふらんす堂,2016.
[26] ジャック・デリダ『根源の彼方に──グラマトロジーについて(下)』.足立和浩訳.現代思潮社,1972.
[27] 前掲書[34]
[28] 同上書
[29] 同上書
[30] 連体形など、終止形か他の活用形か判断がつかない句はカウントしている。終助詞に終わる句はその直前の語において判断した。終助詞は陳述の形にはならないという考えのもとである(参照:浅利誠『日本思想と日本語 コプラなき日本語の述語制言語』.文化科学高等研究院出版局,2023.)。また助動詞で終わるものも用言と一体をなすものと見て該当の句の中に数えている。
[31] 鴇田智哉『凧と円柱』.ふらんす堂,2014.
[32] 同上書
その他主な参考文献・参照資料
ジャック・デリダ『声と現象』.林好雄訳.筑摩書房,2005.
高橋哲哉『デリダ 脱構築と正義』.講談社,2015.
河野六郎ほか『岩波講座 日本語8 文字』.岩波書店.1977.
廣松渉『世界の共同主観的存在構造』.岩波書店,2017.
廣松渉『事的世界観への前哨:物象化論の認識論的=存在論的位相』.勁草書房,1975.
柄谷行人『日本近代文学の起源 原本』.講談社,2009.
尾形仂『座の文学』.講談社,1997.
柳元佑太「写生という奇怪なキメラ」『俳句界 3月号』.寺田敬子編.文學の森,2022.pp.124-144.
秋元不死男『秋元不死男俳文集』.角川書店,1980.
福田若之,鴇田智哉「往復書簡 主体について」『オルガン』31号〜39号. 宮本佳世乃編.鴇田智哉,2022-2025.
田島健一『ただならぬぽ』.ふらんす堂,2017.
北大路翼『天使の涎』.邑書林,2015.
「ウラハイ=裏『週刊俳句』2015年5月9日 菫ほどな、人の。小さな、発語。 散文/小津夜景 俳句/福田若之」https://hw02.blogspot.com/2015/05/blog-post_9.html 最終閲覧日:2025.04.15