【特集】
第62回現代俳句全国大会
青年の部 受賞作・講評

第62回現代俳句全国大会の表彰式は2025年11月3日に行われました。
青年の部の受賞作と選者による講評をご紹介します。
受賞されたみなさま、おめでとうございます!

👤岡田由季選

🏅正賞

歳時記は鈍器の重さ古白の忌
              河島八々十

藤野古白と歳時記の直接の関係は不明だが、古白が若くして自死したことを思うと重苦しい。俳句に関わる者にとって歳時記の恵みは大きく、しかしその膨大さ、歴史的重みは呪縛ともなり得る。それを本の物理的な面から鈍器の重さと表現したところに俳味がある。

🏅准賞

鰻一匹図鑑横断してをりぬ
              雨宮あみな

実景としては、図鑑の見開きページに大きく鰻の図が描かれているのだろう。「横断」という言葉で鰻の動きが感じられ、実体があるように思えてくる。映像の鮮やかに浮かんでくる句だ。

へその緒はなんの匂ひもせず残暑
              蛍丸

へその緒をとっておく習慣があるが、大人になってみると若干扱いに困るものだ。見た目もよいものでなく、思わず匂いをかぐと、何の匂いもしなかった。残暑と言う季語にも微妙な心の動きが感じられる。

キッチンにごつい素足で来てくれる
              横山航路

二人で料理を作っているのだろうか。二人の関係性はわからないが、キッチンに来た「ごつい素足」の持ち主は歓迎されている。素足がごついのだから身体も大きな人だろう。嬉しさと照れの伝わってくる楽しい句。

天牛や悲しみを吐く口小さく
              牛進

悲しみを吐いているのは天牛か、それとも人間だろうか。どちらにしても「口小さく」が息苦しさを感じさせ切ない。実体があるようで、掴みきれないところもあるが、身体感覚が迫ってくる。

母だつて娘であつて氷水
              大槻千尋

母も祖母の娘である。自明のことだが、ふとそれを意識する瞬間のあることに共感する。口語的な軽い措辞と、氷水と言うべとつかない季語により、血縁のほの暗さを感じさせないことに魅力がある。

 

👤神野紗希選

🏅正賞

ペガサスの交尾月蝕くりかへす
              柊木快維

古代、月蝕は凶兆だった。ペガサスの交尾が月蝕を引き起こしているのだとしたら。天変を幻獣の命の営みと結びつけ、新たな神話を立ち上げた。夜の荘厳に、月蝕の気配が生々しく迫る。人間の範疇を超えた巨きな世界の躍動を、言葉による想像の力で感受し得た。

🏅准賞

望遠鏡覗いて擦れあふコート
              柊木快維

冬の夜、冷たい風の中、二人で交互に覗く望遠鏡。遠くを知りたいという仄かな憧憬に、星々もよく冴えて清らかな光をこぼす。コートが擦れ合うささやかな感触にこそ、今という瞬間の一回きりの尊さが輝く。

苺生る白き星ほど熱き星
              金谷佑策

表面温度が高いと、星は白く輝くらしい。苺も、生ったばかりのころは白く、だんだん赤く色づいてゆく。実りたての苺に星の命を重ね、小さな実に秘めた宇宙的なエネルギーを感じさせる句となった。

ガザ遠し雨中の薔薇が窓を打ち
              清水航

強い雨になぶられ、薔薇が窓に打ちつけられるのを見ている。その姿に、戦禍に晒されたガザの人々の命が重なる。花の真紅には血のイメージも。ガザに遠くある己の無力。それでも詠み、思うことに意味はあると信じたい。

傘立てを退かせば砂や稲光
              豊原一誠

玄関の傘立てを退かすと、思いのほか砂が溜まっていた。稲光が一瞬、砂粒をくきやかに照らし出す。この世界の物質性がざらりと前景化するとき、私がここに生きているという生々しさが、理屈を超えて了解される。

わたくしも俳句もうつわアイスティー
              千田洋平

私と俳句を並列させる大胆な認識。器とは、何かを満たすこともできるし、からっぽにもなり得る。その喜びと虚無を受け入れて俳句とともに生きる決意を、アイスティーの涼しさが清潔に肯定した。

 

👤瀬戸優理子選

🏅正賞

蟻地獄あるいは指切の小指
              磐田小

提示されるのは「蟻地獄」と「指切りの小指」という暗示的なモノのみ。その二つを接続詞「あるいは」で繋ぎ、読み手にイメージの構築を促す。挑戦的な句だ。「指切」した時点で始まる未来への束縛。甘い約束も厳しい誓いも「蟻地獄」に通底するものがある。

🏅准賞

新歓のブースまるごと花粉症
              谷口春菜

「ブースまるごと花粉症」の描写の的確さと俳味。キャンパスが華やぎと活気を増す新歓の雰囲気とは対照的なグダグダ感。折悪しく、風の強い日なのかもしれない。季語を生かし、等身大の学生生活を描いて平凡でない句。

「愛されることは救済か」と雪が
              志賀隆人

鍵括弧の言葉は疑問ではなく「救済ではない」という反語を突き付ける。その声の主が「雪」であるというところが詩。ふわり優しく舞う雪もあれば、命を奪う恐ろしい雪もある。愛と雪の二面性を重ねる眼差しが深い。

背に楽器胸にリュックや若葉風
              清水航

両手に抱えきれない荷物ならぬ、背に胸に体まるごと使って持ち運ぶ荷物。すぐに映像が浮かんだ。重たそうで心配になるが、眩しくもある。持ちたいもの全部欲張って持てるのも若さの証。薫る風がエールを送っている。

糖質を問ひつめてゐる団扇かな
              磐田小

現代的なモチーフ「糖質制限」に格闘する姿をユーモラスに表現。「問ひつめ」る相手が「糖質」というところが肝。上五中七の畳みかけるような頭韻からの「団扇かな」の抜け感も絶妙。問い詰めつつも実態は緩いのだ。

廃ビルに灯りつきたる祭りかな
              高﨑椿

廃ビル→灯り→祭りと置かれた言葉の流れで、ぐんぐん色彩と賑わいが増す「ハレとケ」の転換が見事な構成。普段は寂れた街の景観を灯り一つで変えてしまう魔法。「祭り」が連れて来る心の高揚を静かに言語化しいる。

 

👤曾根毅選

🏅正賞

春の日はできたての牛乳みたい
              柊琴乃

穏やかな春のイメージには、牛乳がぴったりだと感じました。特に、できたてというところが生き生きとして良いと思います。牛乳の白さや栄養、その牛乳を生み出した牛や牧場、農家の人々の雰囲気にまで春の穏やかさの想像が広がります。

🏅准賞

ラムネ瓶まわす君の手見てばかり
              川島かんな

恋人か気になる人と一緒に過ごす時間でしょうか。友人でも構わないでしょう。二人で時間を持て余しているような、何でもない会話の最中に、相手が手に持って回しているラムネ瓶を見ている、静かな夏の風景です。

鰻一匹図鑑横断してをりぬ
              雨宮あみな

鰻のぬるっとした独特の質感や、手をすり抜けてゆく動きの早さ、胴の長さなど、鰻独特の存在感を、図鑑の見開き頁の横断という動きのある言葉で表現したところ、勢いがあって良いと思います。

頭冷やすためにラーメン食う盛夏
              山本涼香

何かうまくいかないことがあったりして、感情的になっている時に、冷静になるための手段として、顔を洗うとか、夜風に当たるなどが思い当たりますが、ラーメンを食うというのが面白い。盛夏ならそれもありでしょう。

耳たぶを引っ張る大試験開始
              山本涼香

耳たぶを引っ張ると、付け根にある静脈の流れがスムーズになってスッキリするようです。この句の場合、実際の効果というよりも、頑張るぞという自分へのサインでしょうか。ユーモラスな行為に見えるところが面白い。

おとめなら花ぶちまけて出産す
              倉松未優

かなりインパクトのある句です。出産のイメージか、そのイメージに対する詩的な解釈といったところでしょうか。花も生きものとして強烈な存在感を表すことがあります。生命のエネルギーの比喩として受け止めました。

 

👤田中亜美選

🏅正賞

追試後のいちごクレープの円錐
              吉田彩乃

「自分へのご褒美」という言葉がある。脳と心をすり減らしたあとは甘いものが効く。クレープの生地はへなへなとしてクリームがあふれ出しそう。円錐の紙のケースが崩れ落ちてしまいそうなクレープを、そして、追試にもめげぬ学生たちを支えているようだ。

🏅准賞

沼よ手に蛍を乗せてゐる走る
              田村転々

疾走感のある句。「ぬまよ/てに//ほたるを/のせて//ゐる/はしる」と小刻みに句跨りのリズムが用いられている。「手に~載せて」ではなく「乗せて」であることも、自然と我が身の渾然一体の感覚をみちびく。

天牛や悲しみを吐く口小さく
              牛進

天牛の句は鋭い口や鳴き声に焦点を当てたものが多い。しかし、この句は切れ字の「や」を用いることで、天牛の映像とともに悲しみを吐露する人の姿や心を伝えている。「カ」「ク」などのK音と清音の連続が美しい。

万緑の遺跡に巫女のやうな鳥
              伊藤菖蒲

洋の東西を問わず、古代文明において鳥は神の使いとして象徴的な意味を帯びることが少なくなかった。その古代が「遺跡」となった現在、夏のむせかえるような緑の中から鳥が到来する。「のやうな」の直喩が巧い。

船室の小さき丸椅子沖縄忌
              岩岩岩

沖縄忌は六月二十三日。歴史的文脈を捨象するならば梅雨明けの気持ちのよい季節であり上五中七が季感を伝える。その季感がふたたび歴史的文脈へと読み手を誘う。戦後八十年。「小さき」が静かな意思を感じさせる。

ひむがしに君あり夏の大三角
              冨嶋桂晃

「ひむがしに」からは柿本人麻呂の「東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ」を連想した。太陽と月を詠んだ歌のスケールはそのままに夏の星の雄大さを表現している。〈君〉がロマンを感じさせる。

 

👤野口る理選

🏅正賞

鳥雲に祈りになりそこなつた息
              伊藤菖蒲

雲間へ遠ざかる鳥たちを見送りながら、何物でもない「息」が彷徨う。「祈り」とは切実さを伴うが、この繊細な視点で見つけた「祈りになりそこなつた息」にも、「に」の畳みかけの苦しさも相まって、諦念とも肯定とも思わせる、今を生きる切実な心が宿るだろう。

🏅准賞

鬼として走り続けてゐる夕立
              磐田小

与えられたロールとしての「鬼」を全うする者の凄まじさ。鬼ごっこに限らず、我々が恐れる「鬼」という存在もまた、同様なのかもしれない。ざあざあと降る「夕立」の中を走り続けるという場面設定の絵力も強い。

天使にも晩年ありぬスヰートピー
              柊木快維

不老不死だと描かれることも多い「天使」に「晩年」があるという発想の独創性。それだけに頼らない「スヰトピー」の取り合わせのまっすぐでやわらかな華やかさが美しい。天使の晩年のあたたかな静けさを季語で見せた。

冬の波あをく光りぬユリイカの群れ
              小根楓子

力強いモノクロームのような「冬の波」へ、ホタルイカならぬ「ユリイカ」が押し寄せる奇想。字余りの「群れ」によって、瞬間としてのひらめきを、「あを」い知的な喜びの光として暗い海に宿らせ続ける。

昨晩の火事でありたる虹を指す
              中田真綾

燃え上がる炎を鎮めるための水が今、「虹」へと繋がっているのだという気付きの清々しさ。炎のエネルギーを吸い込んでよりくっきりとあざやかな虹を「指す」ことで、人間存在の小ささを感じさせる。

夕焼よ鴉がこびりついている
              谷口春菜

呼びかける「よ」の寂しく心許ない情感との対比のように、「夕焼」は強烈な静けさを帯びている。「こびりつ」くという見立ての荒々しさに、ただ美しいだけではない力強さや生々しさの表れる一句となった。

 

👤堀田季何選

🏅正賞

長袖がすきという嘘夏薊
              悠雲憂季

夏場、暑いのに、長袖をが好きだと言って、着ている人がいる。嘘だ。リストカット(リスカ)やアームカットの痕があるからだろう。しかし、その人の幸せを願い、その嘘を信じるふりをすることにした。夏の季節性やナの頭韻を越えて、夏薊の存在が動かない。

🏅准賞

家系図を辿った先にある葡萄
              松本奈々

家系図を見ていたら、その上部の方向に葡萄が置いてあったのだ。奥の意味としては、家系図と葡萄の蔓はイメージ的に重なるし、葡萄の象徴性、例えば、豊穣、命の継承、血、聖餐、神との契約を強く思わせる。

明日を知りたい空蝉になってでも
              コンフィ

明日を知り得ない可能性がある存在にとっては、切実な願いである。空蟬という抜殻のような存在になってでさえ、その願い、生への冀求は、消えることがない。蟬の話を越えた、個人や人類全体の話として読みたい。

彼・彼女・それ全部tā蘆茂る
              青柳凜

中国語では、「彼」も「彼女」も「それ」もtāと発音する。ジェンダーニュートラルで、便利だ。表記も「他」で済み、必要な時だけ「他」「她」「它」と分けられる。「蘆茂る」が、混在感と豊かさの両方に通じる。

明日からも無職きれいなかき氷
              伊藤菖蒲

「からも」の措辞が見事。今日までも無職なのだ。屈折や諦念と同時に、それでも生き抜こうとする心も感じられる。「きれいなかき氷」は、冀望、輝き、魅力、冷たさ、儚さが同居する存在だが、まるで明日のよう。

日傘さすもういいよ世界ここまでで
              秀島由里子

中七下五は「もういいよ、世界(は)ここまでで」という心の叫びであろう。「日傘さす」から、気候変動による猛暑、自身を含む人類や動植物の生息環境の悪化が、想起されるが、現代社会での生きづらさにも通じる。