現代俳句協会の皆様
新年おめでとうございます

👤会長 高野ムツオ

現代俳句協会の皆様、新年おめでとうございます。

昨年は昭和百年、戦後八十年の節目でした。恒例の現代俳句全国大会はもちろん、前日祭として催された11月2日の「東京タワー俳句大会」や同時開催の若手によるシンポジウムなど、これからの俳句を考えるに大変有意義な取り組みでした。

いつからのどんな俳句を現代俳句と呼ぶか、これも今後とも検討するべき課題なのでしょう。会員誌『現代俳句』でも評議員へのアンケートなど、何が現代俳句なのか、探る取り組みを続けています。新興俳句の出発は昭和六年水原秋桜子が「馬酔木」に「自然の真と文芸上の真」を発表して「ホトトギス」と袂を分った時とするのが一般的ですが、現代俳句となると定義はなかなか難しい。考え方によっては現代を生きる人間の俳句はすべて現代俳句でしょうし、芭蕉の時代、芭蕉の俳句は、紛れもなく当時の現代俳句であったと言えます。

秋桜子は『俳句の本質』で「俳句の概念」として抒情詩であることを強調しています。抒情詩とは「自己の感情」を詠嘆する詩であり、感情は「濁りのない、高く澄んだものでなくて」はならないとも述べています。高く澄む」とはそれだけ象徴効果を生む言葉であるということでしょう。抽象と具象、感情と思想とが一体化した言葉の世界の追求は、ここ百年、やっと端緒についたばかりなのかもしれません。

第62回現代俳句大会、青年の部の優秀作品は以下の通り。

ペガサスの交尾月蝕くりかへす
              柊木快維
蟻地獄あるいは指切の小指
              磐田小
春の日はできたての牛乳みたい
              柊琴乃
追試後のいちごクレープの円錐
              吉田彩乃
鳥雲に祈りになりそこなつた息
              伊藤菖蒲
長袖がすきという嘘夏薊
              悠雲憂季
歳時記は鈍器の重さ古白の忌
              河島八々十

そして、大会賞と会長賞の

蟲の脚刺さつてゐたる網戸かな
              満田光生
髪洗ふ指に確かな頭蓋骨
              田村素秀
ゐない人ゐますか ゐます 爆心地
              北口直敬

これらの作品にも明日の現代俳句を考える重要なヒントが隠れているのではないでしょうか。