鏡へ―『願い事の呟き』
👤木村聡雄

アメリカから届いたばかりの句集は『願い事の呟き』 (the whisper I wish for , Lee Gurga, 2025) である。
著者のリー・ガーガ氏(アメリカ俳句協会元会長、モダンハイクプレス代表)は、『現代俳句』にも評論を載せているので協会の会員にはお馴染みのアメリカ俳人であろう。
協会図書室で行われた国際部研究会でもこれまで何度かアメリカ俳句について講師をお願いし、会員の皆さんにも自由に参加していただいた。
個人的にはアメリカ俳句協会での私の俳句講演ではコーディネーターとして大変お世話になり、PEN世界大会シンポジウムや立川の国文学研究資料館の国際研究会でも一緒にパネルディスカッションをおこなったことも思い出される。
句集全体は難解な俳句が多く、いわゆる前衛句集とも呼べるものだろう。
三行形式の他、多行や一行句もあり、今や海外俳句は三行とは限らないことは『現代俳句』やこのWeb版の海外俳句鑑賞にもこれまでに何度か書いたことがある。
この句集の多行形式作品はどれも引用句のようにセンタリング(中央寄せ)で表記され、視覚的にも印象的なものとなっている。
高柳重信の試みた多行形式は今では海外俳句の方が多く見かけると言っても過言ではないだろう。
重信が目指した、俳句を現代の詩と同等(あるいはそれ以上)のものとして捉えようとする詩精神は、事実上海外俳句に引き継がれているようにも感じられる。
確かに海外の多行は重信に従ったと言うよりは世界の現代詩を意識したものであるに違いないだろう。
とはいえ、ときを経て引き継がれたようにさえ見えるその共通性に、重信の俳句の本質に迫ろうとする気迫や先進的戦略を改めて感じざるを得ない。
引用句は本句集の最後を飾る作品だが、この一冊のタイトルがこの句から取られていることが分かるだろう。
“mistflower” (ヒヨドリバナの一種)は、北米原産で印象的な青く澄んだような色の小さめの花を多くつける植物である。
ここでは願い事のイメージと並置されている。
作者はだれに何を願うのか。
句のなかには示されていない。
いや実は、この作品の何句も前にその答えかとも思われる一句がある。
mirror mirror a pair of wings
鏡よ鏡 翼を一対
こちらは簡潔な一行句である。
ここに書かれた思いは、子どもの頃の読者も含め、世界中の子どもたちが望んだことのある願い事のひとつかもしれない。
さて、もしも翼を手に入れることができたとしたら今のこの作者ならどこへ飛んで行くだろう。
現代のアメリカを代表する俳人としての意識を持って、争いの絶えないこの世界へ向かおうとするだろうか。
(あの大統領や政府ではなく、一俳人として。)
その時は排他や不和ではなく自らの俳句をもって自由な表現を伝えるかもしれない。
あるいは、この鏡の句の題材同様に、想像世界の妖精の国をめざすのだろうか。
それもまた、神話や伝承を追い求めるという古くからの文学的行為の根源のひとつと考えられるだろう。
(俳句英訳:木村聡雄 『願い事の呟き』リー・ガーガ [2025])
[Into the Mirror Toshio Kimura]