槍投げ
👤長井寛

杜甫李白西行芭蕉雁渡る
垂直に刺さる槍投げ曼珠沙華
わたくしを束ねないでとこぼれ萩
うなさかと水平になる芋の露
本懐の前の歌会つづれさせ
霧に入りたった独りの地球人
寂光の人は蜻蛉小径ゆく
初雪に包まって落つ昼の星
かまびすきなかぞらを舞う雪の精
雪礫撤退を決むローマ軍

長井寛「槍投げ」10句鑑賞
👤宮崎斗士(みやざきとし)

▶杜甫李白西行芭蕉雁渡る

シンプルにして深みのある一句。
杜甫、李白、西行、芭蕉の四名、確かにその作家性または人生観に共通した何かがあるような気がしてくる。
そして彼らをつなぐ「雁渡る」の季語。
時間と空間を超越したような雁の姿、その風趣に大いに魅せられた。

▶垂直に刺さる槍投げ曼珠沙華

垂直に刺さる――放物線状ではなく、あたかも空から降ってくるように地面に刺さる一本の槍。
私はこのフレーズ、そして下五「曼珠沙華」の斡旋から、まさしく天の配剤、生きるもの全てに与えられた「死」のありようを汲み取った。
それも唐突な死、急逝のイメージがある。

▶わたくしを束ねないでとこぼれ萩

地に散らばる萩の中にも「個人主義」の萩があるのかも知れない。
私もチームプレーは苦手な質なので(ただ我儘なだけ?)、この感覚よく分かる。
ごく小さな花の「わたくし」感が快い一句だった。

▶うなさかと水平になる芋の露

古語辞典によれば「うなさか」は、海境、海界、海上遠くにあるとされる海神の国と地上の人の国との境界、海の果て、とある。
この句は中七「水平になる」が大きなポイント。
私ならば「うなさかと繋がっている芋の露」などとやってしまうところを、「水平になる」の幾何学的なアプローチによって、うなさかの神秘性がさらに際立ってくる。

▶本懐の前の歌会つづれさせ

「本懐」とまで言える物事に当たる時にはついつい気持ちが先走ってしまうもの。
普段通りの自分が出せない可能性大だろう。
確かに歌会というもの、しっかりと自らの冷静を取り戻す、自らの現時点を推し量るという意味ではまさに好適。
蟋蟀の涼やかな音色もよく働いている一句。

▶霧に入りたった独りの地球人

私も以前、軽井沢駅周辺や伊東市大室山の山頂にて信じられないほどの濃霧に見舞われたことがある。
不思議と恐怖や不安などはなく、ある種SFチックな異世界感を楽しむことができた。
地球環境の急激な悪化が取りざたされる昨今、もし自分がこの地球上でたった独り生き残ったら――との空想に遊ぶひととき。

▶寂光の人は蜻蛉小径ゆく

寂光とは仏の真理である寂静と智慧の光。
そして蜻蛉小径とは、蜻蛉が舞い飛ぶような、風情のある細い小道を指す言葉である。
二つのモチーフのアンサンブルが豊かな滋味を醸している。
あるいは中七「蜻蛉」で切って読んでみるのも一興。

▶初雪に包まって落つ昼の星

昼の流星と言えば、長井氏の所属する「遊牧」の名誉代表・塩野谷仁氏の「まひるまも落ちる星あり竜の玉」が思い出される。
長井氏のこの句も「初雪」独特の清らかさを十分に活かした情趣溢れる一句。
「包まって」の優しさが印象的。

▶かまびすきなかぞらを舞う雪の精

「かまびすき」は古語でうるさい、やかましいの意。
雪の地表の静けさとは裏腹な中空の「かまびすさ」に着目したところが面白い。
懸命に雪を降らせている精たちの姿にどこか共鳴してしまう。

▶雪礫撤退を決むローマ軍

ローマ軍はローマ帝国を支えた古代最強の軍隊と言われている。
高度な戦術と組織力を持ち、効率的な戦術で数々の勝利を収めた。
そんなローマ軍を、大それた兵器ではなく「雪礫」にて見事撤退させる――。
詩的な遊び心とともに、作者の平和への切なる祈りも汲み取れよう。