👤小林貴子
第58回現代俳句協会賞2003年度受賞


井の底に我とつながる鷹女の忌
AIは愛と読むべし攝津の忌
憂国忌人生にある非常口
昭和百年次の百年人類忌
〈新興俳句忌ちふはなけれど春の雪 三橋敏雄〉あれば
新興俳句忌ちふは三橋敏雄の忌

平成15年度に現代俳句協会賞を頂いた。
俳句を始めてからずっと「岳」俳句会に拠っており、その縁で現俳協に入っていたが、名前だけの会員だった。
新興俳句、前衛俳句よりは伝統俳句のほうが身近だった。
そんな私だったが、現俳協の評論賞選考委員を務めさせて頂くうちに、徐々に本協会の魅力に気づいた。
また、『昭和俳句作品年表』の2冊目、戦後篇については途中から編集委員に加わった。
島津亮の〈えつえつ泣く木のテーブルに生えた乳房〉等の句を故・大畑等さんが繰り返し音読されるうちに、頭がしびれたようになり、新興・前衛の魅力にうっとりするようになった。

さて、『昭和俳句作品年表』は3冊目、最終篇が刊行となった。
前回と異なり、今回は自分が納得するだけの時間を掛けることが出来なかった。
個人的に忸怩たる思いはあるが、まずは昭和46年から64年の名句2000余句をご味読頂きたい。

「忌」5句を読む
👤元木幸一

「忌」は、私の五句へのお返しなのだろうか。
画家によるサーブを見事に俳人や作家によるレシーブで返してくれたと思った。
となれば、私の解釈もさらなるリターンとせねばなるまい。
さて、いかなる返球になるだろうか。

▶井の底に我とつながる鷹女の忌

この句を読んだ時、京都の六道珍皇寺のことだと思った。
空井戸の底で冥界とつながる、あの寺である。
実は「魔女」と誤読した。
魔女の忌日とは火刑の日。
それが「我とつながる」だって。
ふーん、ご自分を魔女とつながるというんだ。

妻に言われた。「鷹女」よ。ぎゃふーん。
作者がつながっているのは、「鷹女」だったのだ。
「嫌ひなものは嫌ひ」なんだ。

私がつながりたいのは草田男。
それとデューラー。
冥界に国境はないだろう。
そしてつながりたくはないが、会ってみたいのは、草田男と奇妙な縁の小野蕪子。

▶AIは愛と読むべし攝津の忌

もう一つ鷹女の有名な句を思い出す。
「鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし」。
鷹女の愛からAIに、そして摂津の愛に連鎖する。
そういえば高校時代の数学教師は虚数i(アイ)が出てくるたびに「i(アイ)は盲目」と言ったっけ。
そう「愛は盲目」なのだ。
摂津幸彦の愛は「雨の日は傘の内なり愛国者」だ。

▶憂国忌人生にある非常口

愛国は憂国につながる。
三島由紀夫もそうだった。
愛国、憂国は危なっかしいなあ。
人生非常時の出口だ。
できればそこは使いたくない。
摂津は「国家よりワタクシ大事さくらんぼ」とも詠んだ。
私も、ワタクシ、佐藤錦の方が大事。

▶昭和百年次の百年人類忌

憂国なんて呑気だよね。
今や国が危ないどころではないのだ。
はたして人類は百年もつのだろうか。
そして「人類忌」を詠む人はいるのだろうか、と。

〈新興俳句忌ちふはなけれど春の雪 三橋敏雄〉あれば
新興俳句忌ちふは三橋敏雄の忌

いや人類忌がなくても、春の雪は降る。
だから「新興俳句忌」は「三橋敏雄の忌」に他ならない。
断言なさるんですよね、貴子さん。

 


👤元木幸一
第45回現代俳句評論賞2025年度受賞

ねえピカソ         
ねえピカソキューブな注連縄作ってよ
去年今年道化師クレーの綱渡り
黒い森の中にエルンストの初鴉
新年が滴り弾けたジャクソン・ポロック
ウォーホルのマリリン・モンロー鬼は外

「味の素」のような画家たち

現代俳句評論賞に挑戦しようと、ドイツルネサンスの画家デューラーの銅版画を詠んだ中村草田男の「騎士」を解釈したとき、他の俳人による西洋画家を入れた俳句も探して見た。
しかし草田男のように真っ正直に美術作品を解釈した俳句は珍しく、大概は洒落た味付けの手段として画家を使っているような印象を受けた。
言ってみれば「味の素」としての西洋画家のようなのだ。

記者会見でもそのように話した。
しかし、西洋画家を俳句に詠むことで何か軽い味わいを出すとしたら、それはそれで良いのではないかとも思う。
私にはどうも草田男のような生真面目な俳句を詠むよりも、軽い味わいの俳句の方が性に合うのである。

せっかくお正月という場を与えられたのだから、画家を5人登場させて目出度い気分を出してみようか。
スマホででも画像を出して眺めながら下手な俳句を読んでいただけたら嬉しい。
晴れの気分で。あるいはシニカルにでも。

「ねえピカソ」5句を読む
👤小林貴子

元木幸一さんは2025年、「第45回現代俳句評論賞」を受賞された。
おめでとうございます。
受賞作「俳句になったデューラー」は中村草田男の連作十三句「騎士」を新解釈で読み解いた意欲作で、西洋美術史を専門とする作者にとって専門分野である。

デューラーの銅版画によって連作をものした草田男と同じく、今回元木さんは、ピカソ、クレー、エルンスト、ジャクソン・ポロック、ウォーホルという5人の画家とその作品を素材に五句を作られた。

ウォーホルのモンローは最も知られている。
次はピカソのキュービズムと、クレーの道化師か。
エルンストは生涯を通じて森と鳥を主要な画題とした。
四句はすっきりと胸に落ちる。
ジャクソン・ポロックは第二次大戦後アクション・ペインティングを創始したが、44歳で交通事故死。
〈新年が滴り弾けたジャクソン・ポロック〉の〈滴り弾けた〉はアクション・ペインティングの技法のことか、また、彼の最期のことか。

音楽でも、美術でも、芸術作品を題材に俳句を作ることは、私もしばしばやる。
実は1984年、デューラーの「メランコリア」による草田男の連作に影響され、小山敬三の「紅浅間」で連作五句をなしたこともあるほどなので、大いに共感する。
自分はその芸術に感動したから作句するのであり、その芸術を知る人には共感される。
だが、知らない人には理解され難いという一面もある。

それを承知の上で、西洋美術史家の元木さんはこの道を行かれる。
それは日常生活の中で、美術が最も詩心を惹起する存在であり、刻々を美術に感動しつつ、美術とともに歩んでおられるからなのである。

一方、芳賀徹『絵画の領分』(朝日新聞社)と今回の元木さんの受賞評論を読み比べても、私にはまだ読解できない草田男句が残る。
今度また、元木さんとお目に掛かった折に、ご教授願いたいと思っている。