ポノポノ奮闘記Vol. 2
――雲は生まれる――
👤ナカムラ薫
ラナイで風の香りを胸いっぱいに吸い込んでいたら、この谷の奥で生まれたばかりの雲がひとり遊びをしていた。
しばらくはおとなしくしていたのに、金色の風がぷうっとふくらむと、ぽわんと乗っかって入江の黒く濡れた崖へ飛んでいく。
そのあと、あるともないとも言えない風体になって広がっていった。
──ああ、自由だなあ。

俳句をこの地に広めるには、どこから始めるべきだろう。
一番効率がいいのは──そう、子どもたちが集まる学校だ。
言葉の未来がまだ柔らかく、まっすぐに息づいている場所。
俳句の「土を耕し、種を蒔き、苗を植える」。
その花がいつ咲き、どんな実を結ぶかは誰にもわからない。
けれど、蒔かなければ芽は出ない。
開拓とは、未来への信仰──そういうものだ。
今回、「JAL財団世界こどもハイクコンテスト」をきっかけに、現代俳句協会ハワイの私とJALの担当者さんがチームを組んだ。
英語俳句の応募依頼に全3回の出張ハイクレクチャー(俳画制作付き)を添え、学校の日本語クラスを対象にプロモーションを展開することにした。
多くの学校にアポを試みるなか、最初に応じてくれたのは、西隣の谷にあるNiu Valley Middle SchoolのLynn先生だった。
中学の6〜8年生、152人を教える日本語クラスの教師である。

大学院の期末論文は《Mora timing in jiamari haiku》。
訳せば「俳句のリズム構造―字余りにおける音拍の配列」といったところだろうか。
まさか、ハワイでそんな研究をされた方に出会えるとは思ってもいなかった!
先生は私たちを笑顔で迎え、即決で1週間分(1時限から6時限フルで!)の授業時間を差し出してくださった。
これで、各クラスが3回ずつレクチャーを受けられることになる。
このところ、本業に加え地元コミュニティのイベントが続き、息つく間がなかった。
実のところ、週3日・1日2時限ほどが体を壊さずに済む安全ラインだと感じていた。
けれど、ありがたいことに「全クラスで教えてください」と、Lynn先生はまっすぐな瞳で私を見る。
かくして、朝8時から午後2時半まで立ちっぱなしの、濃くて少し無謀な1週間が始まるのであった。
レクチャーの前にクラスの空気を知りたくて見学を願い出ると、先生は快く頷いた。
Lynn先生の授業は、英語で日本語を教える。生徒は平仮名・カタカナが読める程度。
やはり、日本語で俳句を詠むには、大学の日本語上級クラス並みの語彙と知識が要るのだ、とあらためて実感した。
教科書はなく、先生独自のスライド→課題→スライドと、タイマーで分刻みに進む。
黒板はあくまで脇役だ。
ほどよい緊張感を保ちながら、クラス全体をリズミカルに操っていく。
私は圧倒された。──これが、デジタル時代の授業というものか!
放課後、私の日本語版スライドを土台に、Lynn先生とともに中学生向けレクチャーの英語版づくりに取りかかった。
私は、「ブレインストーミング」を提案し、また俳句の作り方は長々説明せず「俳句における3つの大切なことを繰り返し彼らにインプットすること」、「推敲の時間をしっかり確保すること」を柱に据えていた。
Lynn先生は、英語ネィティブの感覚で思春期の生徒がすっと受け入れられる言葉を選び、シンプルにかつ曖昧さのない形でスライドに落とし込んでいく。
私ひとりなら数日を要する作業も、デジタルネィティブの先生のおかげで、わずか1時間で仕上がってしまった。
【ハイクのテーマは「音」】
授業はLynn先生に主導をお願いし、私は補佐に回ることにした。
Day 1
*俳句において3つの大切なこと
・Seasonal Words
・Words that reflect your world and your feelings
・Time(Express a personal experience)
*ブレインストーミング
音から連想する言葉を、英単語でできるだけ多く出し合う。
どんなアイディアも否定しない、それがルールだ。
*実作
インスピレーションを大切に、10単語ほど使って句を書いてもらう。
書けない子には、「朝いちばんに聞こえた音は?」「そのときどんな気持ちだった?」と尋ねる。
ただし「自分の心の中に踏み込んでみて」なんて言ってはいけない。
思春期ど真ん中の中学生にとって、“心の中”という言葉はダサさの象徴で拒否られる、と先生に教わった。リアルタイムの感覚をアップデート!
あぶない、あぶない…危うく地雷を踏むところだった。
Day 2
*句の共有と推敲
*俳画制作
テーブルメイト同士で句を鑑賞し、たくさん作った中から自信作を一つ選ぶ。
私は、どこを省いてより短く仕上げるか、一人ひとりにアドバイスをした。
このクラスでは、クレヨンや色鉛筆を借りるとき、その棚の前に靴を片方だけ脱いでおく。
返したら、その靴を履く。──なるほど、返却忘れを防ぐルール。
棚の前には、サンダル、スニーカー、ブーツ、クロックスが雑然と置かれる。
片足だけ裸足の子があちこちにいて、笑ってしまった。

Day 3
*俳句の推敲と絵の仕上げ
画用紙いっぱいに描いてね、と声をかける。
一人ひとりと対話しながら俳句の最終確認をした。
公立校には、細かい校則がない。
髪の色もネイルも服装も自由。
子どもたちの自己表現は、実にのびやかで愉快だ。
この1週間のあいだに、中学生特有の不安定さ、そしてその不揃いな成長がエネルギーに変わる瞬間を見た。
思春期のこどもにとっては、《今》が全てなのだ。
Lynn先生は、感覚が鋭くそして優しい。全身が目と耳であるかのように、生徒の小さな変化を見逃さず、その場で向き合い的確な言葉でほぐす。
私のいちばんの役目は、褒め、励ますことであったように思う。
──私は、生徒ひとりひとりに寄り添えたのだろうか。
ふと空を見上げる。
あの雲はもういない。
けれど、いつのまにか新しい雲がまた生まれていた。
