現代俳句2025年9月号掲載     写真提供:須田敏保

「百景共吟」より2句鑑賞

👤永井江美子

漁具に漁具絡み捨てある土用凪
               鈴木牛後

どこまでも青い海原の景は、瞑想の中の海に似て、何かしらの懐かしさを甦らせてくれる。
それは私の祖父が漁師であったためかもしれない。
祖父の家の庭には、かつては現役として使われていた漁網や魚籠、竿などが、潮の香など忘れた無用のモノとして捨て置かれていた。

そんな私の感慨とは別に、作者には作者の、モノのいのちへと寄せる思いがあったのだろう。
漁具たちの生きた時間を、ただのっぺりとした土用凪に秘して捉え、絡み合う一瞬を癒しの「場」として内在させている、この「場」こそ作者の俳句を書く立ち位置であろう。

分身としての漁具がリアルに詩として表現され、引き寄せられた一句である。

冷やかや船べりに立つ釘の銀
               杉浦圭祐

たった一本、船べりに立つ釘。
銀の釘ではなく釘の銀であるところに作者のこだわりとしての眼差しの強さがある。
そして、ここにはどんな物語もみえていないが、読み手としての私の裡では、冷気を纏った一本の釘の銀が、まるで人間の標のように群青の海原へと繋がって行くのである。

晴れた日も雨の日も海原の青い潮を背景にして、船べりに立っている釘の銀。
その小さな釘は大いなる自然の中に存在し、ひたすら静謐でただ美しい。

人間の思い入れや共感とは関係なく、モノに徹した作者の「冷やか」というまなざしにより、ただ立つことの真実を受入れる存在の絶対性として感受できた句である。