プレパラート
👤鈴木卯ノ花
千葉県館山市に18年住んだ。
今年の春に転居したので、「住んだ」と過去形である。
館山に住むことになった理由は、実に単純だった。結婚だ。
当時交際していた夫の館山への転勤が決まり、遠距離になるならばと結婚を決めた。
私は横須賀生まれの横浜育ち。
夫は東北出身で、館山には二人とも何のゆかりもなかった。
知らない土地での生活は、想像以上に大変だった。
今となっては、胸を張って「第二の故郷は館山」と言えるが、住み始めた当初は本当に寂しかった。
何をしても寂しかったので、とりあえず、地元でアルバイトをしてみることにした。
働いたのは千葉県の水産研究機関で、主な仕事は研究員の補助。
数字をパソコンに打ち込む作業が多かったが、月に数回「サンプル調査」が行われた。
研究員が水揚げされた魚の中からランダムにサンプルを100匹ほど持ち帰り、体長や重量などを計測してデータを集める。
中でも楽しかったのは、鱗のプレパラートを作る作業だった。
鱗はピンセットで取り、一枚ずつペーパーで拭いて汚れを落とした。
丁寧に水にくぐらせて洗い、スライドガラスにのせる。
一枚のスライドガラスに10枚ぐらいの鱗を並べる。
自分も研究員になったような、非日常的な、淡々としたその作業が好きだった。
職場の仲間とくじら料理を食べに行ったり、お裾分けのお野菜をいただいたりと、地元ならではの楽しみを知るうちに、いつの間にか寂しさは消えていった。
そして、俳句に出会ったのは、館山暮らしの後半。18年のうちの4年間だった。
子ども二人が小学校に上がり、ようやく自分の時間を持てるようになった頃、何か新しいことを始めたいと思った。
それが、俳句を始めたきっかけである。
小春日や我の書斎は台所
卯ノ花
こんなふうにして、私の俳句生活が始まった。
まず始めたのは、オンライン句会だった。
そこから縁が広がり、地域の公民館の句会で東國人氏と出会い、同人誌『ペガサス』、羽村美和子氏へと導かれた。
難しい兼題に悩んでも、悩めば悩むほど俳句が楽しかった。
館山の街並み、潮風、磯の匂い、野の花。
季語はいつもすぐそばにあって、私に寄り添ってくれた。
転居によって環境が変わった今、実は、思いの外戸惑っている。
どこを切り取れば、俳句になるのかわからなくなってしまったのである。
新しい環境に、言葉が、季語が、追いついていない感じだ。
それから、最近ふと思い出すのだ。
プレパラートに均等に並べられた鱗の光を。研究室から眺めた海の青を。
館山の思い出は、これからもきっと、私の俳句の奥行になってくれるだろう。
ずっと住む街
金木犀昼はひとりの誕生日
猫じゃらしそよげる風を旅という
日記帳書けぬ間のこと黄落期
林檎剥くわたしの時計だけ遅い
とりあえず多数派でいる冬帽子
返り花愛を形で示したい
布団干す昨日の夢がバレぬよう
ずっと住む街になるかも冬の虹
鈴木卯ノ花
1981年生まれ 千葉県在住
『ペガサス』詩友
塞翁が馬
👤武田貴志
須賀川市役所に勤めて早十数年が経つ。
以前、文化振興課に配属されたことが、俳句を始めるきっかけとなった。
須賀川市は、俳句に親しんでもらうため、市内の市役所を始めとする施設や牡丹園や乙字ヶ滝などの景勝地19ヶ所に「俳句ポスト」を設置している。
「俳句ポスト」の賑やかしになればとの想いで、独学で作句・投句を行っていた。
2021年の2月に転機が訪れる。
お試しとして句会に俳句を出してみないかと同僚から誘われた。
句会は事前投句制で、会長宛てにメールで投句が出来るお手軽さもあった。
句会は、毎月第3月曜日の10時から始まるとのこと。
投句をするだけで、都合により句会に出席は出来なかった。
後日、何の手違いがあったのかは分からないが、この度は入会ありがとうございますと会長より連絡があった。
この時より、俳句が人生の一部となった。
さて、現在下記の4つの句会で活動をしている。
①俳句を始めるきっかけとなった「虹の会」
風流のはじめ館での俳句講座から参加者が作った句会。
人生の先輩方が作る俳句に圧倒されている。
②須賀川市の俳句振興に欠かせない桔槹吟社の「あたご俳句会」
夏雲システムを使った完全インターネット句会。
須賀川の夏の風物詩である「きうり天王祭」を詠む句会を桔槹吟社が開催している。
句会後の懇親会で誘われ現在に至る。
普段使わないような季語に翻弄されている。
③董振華先生の「聊楽句会」
2025年2月に行われた俳句甲子園フェスでのチームメイトにより半ば強引に誘われ加入。
俳句を通して中国の文化に触れられるところが楽しい。
④市役所職員による「あかし句会」
市役所で句会を作るらしいと言われ、飲み会に参加。
なぜか庶務・会計を務めている。
句会名は、伝統行事で冬の季語の「松明あかし」から。
こうして挙げてみると、全ての句会が誘われて参加している。
先に述べた俳句甲子園フェスも誘われての参加だ。
こんなにも受動的であるにもかかわらず、俳句を続けられているのは、単純に俳句が楽しいからだけではない。
身近に切磋琢磨出来る仲間、何かとお世話をしてくれる先輩方など縁に恵まれていることも大きい。
これからも俳句の縁、俳句で出会った縁を大切に、細く長く続けていこうと思う。
おいでおいで
酒を買ふお座敷列車花野行き
猫たちの井戸端会議秋の昼
秋桜おいでおいでと名前呼ぶ
かなかなの声の重なり湖深し
停戦の祈りの唄や白鳥来
みちのくの温泉さらり冬銀河
合戦のごと校歌飛び交ふ松明し
ぐしやぐしやの手紙忍ばせ牡丹焚く
武田貴志
1991年生
2025年3月「桔槹吟社」入会