嘘ばかり世の中で
👤村瀬ふみや

毒茸どこかで嘘をついてゐる
ある日のこと。
職場の電話が鳴った。
すかさず仕事用の上品めいた声で社名を名乗りはじめ…たところで相手の声がかぶさってきた。
やけに落ち着いた女性の声は、
「こちらは日本年金機構です」
と名乗る。
明らかにテープに録音された声だった。
うわっ、詐欺電話だ。
とすぐに思ったものの、こういうとき、どうして心臓がバクバクするんだろう。
「手続きに未処理な点があり、次回の年金が支給されま」あたりで、あわてて受話器を置いてしまった。
自分は何も悪いことはしていないのに、置いた受話器を見つめたあと、あたりを見回してしまう。
これは途中で電話を切ってしまったことへの罪悪感か?
自分の不思議な感覚に、ぶるんと首を振る。
そして、思考を巡らす。
職場にいるのは私ひとりじゃない。
誰の年金かもわからないのだから、100%詐欺なことには間違いない。
再確認して落ち着いた。
落ち着いたら、今度は途中で切ってしまったことが別の意味で悔やまれた。
あの続きはどうなるんだろう。
なんらかの情報を盗み出したいのだから接触したいはずだ。
でも音声案内テープだけではそれは無理なはず。
どうやってコンタクトを取る作戦なのか。
正解がわかるはずもなく、悶々としながら仕事にもどったのだが。
数日後。
またかかってきた。
同じ音声で同じ内容で。
今度は最後まで聞いてみた。
「……支給されません。未処理の状況を確認したい場合は、電話機のどれかの番号を押してください」
ど、どれかの番号、でいいんだ。
苦笑いしながら、今度は冷静に受話器を置いた。
最近ニュースでもよく耳にするが、なんでこんなに詐欺のあふれた世の中になったのだろう。
私のスマホにも毎日迷惑メールが来る。
その数、5件を下らない。
利用中のカード会社をはじめ持っていないカード会社や使っていない電力会社、ネットショッピングサイトや運輸会社……。
着信拒否をしてもほかのアドレスを持っているのかキリがない。
毎日毎日、せっせとゴミ箱にぶち込んでいるのだが。
何を信じていいのか、何が本当なのか、嘘と誠を見分けるのがたいへんで。
こんな世の中は辛いし悲しい。
昔はこんなに……と思ったとたん、四十年以上前に聞いた声が鮮明に脳内再生されてしまった。
「嘘ばかりの世の中で、自分だけは嘘をつきたくなかったんです」
子どもの頃にすごく辛い思いをしてきた青年が、刑事になった理由を問われたときの答えだ。
お気に入りだったドラマのお気に入りの役者さんのセリフだったからよく覚えているのだが、これによると、昔のその昔も嘘ばっかりの世の中だったということになる。
なんということだろう。
いつの時代も世の中には冷たい嘘があふれているなんて。
そんな話をしていたら、ある友人が言い出した。
「私は仕事で嘘をつくんだよ」
彼女は働き者のよき母親だ。
彼女が詐欺グループにいるわけはない。
「明日にはおうちに帰れるよ」ってね……と言って、彼女は弱弱しく笑う。
老健施設で働く彼女は、入所者さんに「おうちに帰りたい」と泣かれることがあるというのだ。
今言われたことを明日には覚えていないこと知っているからこそ言えてしまう、悲しくつらい、そして優しい嘘だ。
嘘にもいろいろあるけれど、優しい嘘が汚れた嘘を包み込む、そんな世界になっていけば。
と祈るのは無意味なことなのだろうか。
烏瓜やさしい嘘の灯る窓
村瀬ふみや
北海道千歳市在住
「雪華」会員 俳誌「ASYL」同人
2024年第57回北海道俳句協会賞