俳句猛母
👤菊山千月
4歳頃に母の吟行旅行について行った写真が残っている。
吟行旅行に子供を連れて行くとはのんびりした時代だったのだろう。
佐久島に渡る小舟はざぶざぶと泡を立てて進み「海の中には石鹸が入ってるんだねえ」と私が言っていたことを、いまだに母の古い句友の方が嬉しそうに話してくださる。
小さい頃から、母に花や鳥の名前を教えられていた記憶がある。
百日紅が綺麗だねえとか、今日は八十八夜だよとか言われたが、興味のない私は全く覚えようとはしなかった。
母自身の生活が季語であふれていたということもあろうが、やはり俳句をさせたかったのだろう。
私が俳句を始めたのはつい5年ほど前だ。
誘いを断り続けたのは、母の世界に入れられることへの反抗心と、母を越えられない不安に他ならない。
40代後半になり、子育て終了と同時期にコロナの流行で時間ができた。
そろそろ母の世界を覗いてみてもいいかと思うようになり、重い腰を上げた。
俳句の世界に入ったものの、結局母からは俳句の指導は受けていない。
同じ句会に出る時も別行動をする。
この距離感が私には必要なのだと思う。
句柄も全く違うのだが、面白いことに選句する句は重なることが多い。
何を良しとするか、その嗅覚は似ているのかもしれない。
母は、大きな賞をもらったり功績を残した俳人ではないが、母の生活はずっと俳句と共にあって、現在の生活は90%を俳句が占めていると言っても過言ではない。
ひと月に十八もの句会を抱え、ほとんどの会で編集と製本を自分でやっている。
喜寿のお祝いに旅行でも、と提案したら「泊まりで旅行に行くような時間はない!」と叱られた。
讃美歌や母おずおずと夏痩せす 千月
東海地区を牽引してきたパワフルな母であったが、この春に大腿骨を骨折し、少し瘦せた。今のペースで俳句を続けるのはあと5年が限度かと思う。
東海地区のXを立ち上げたり、青年部・壮年部でジャズ句会や居酒屋句会などを開催して、私も微力ながら東海地区を活気づけるお手伝いをさせてもらっている。
家には膨大な数の句集や古い俳句雑誌がある。
それらを並べ、お酒を飲みながら俳句談議のできるお店を持つのが私の夢のひとつだ。
お酒飲めんけど(笑)
母を追う草の花の名たしかめて 千月
菊山千月
1972年生まれ 愛知県在住
現代俳句協会会員 「韻」同人