怪談話
👤菊山千月

 

熱帯夜に背筋の凍るお話をひとつ。
実は昔霊感があり、深夜の金縛りに怯えていた時期があった。
キーンという耳鳴りからバン!と身体が動かなくなり、胸の上に何かが乗ってきて肩をすごい力で掴まれる。
そしてこう言う。
「お母さん…まだ…?」と。
それはそれはものすごく恐しく、金縛りが解けた後は息も絶え絶えでぐったりしてしまい、ふらふらしながら高校に行っていた。

大学に入り独り暮らしの部屋では金縛りに遭うことはなかった。
実家のあの部屋が悪かったのか、独り暮らしの女子大生にとっては心霊よりも実在する悪い人間の恐さの方が勝ってしまったせいなのかもしれない。
お墓の横で風もないのに車が揺れたり、総合病院では背中に重いものを感じたりすることがありつつも、いつしか霊現象が起こることが無くなっていった。

そして霊感が無くなってみると、あれは本当に霊だったのかと思うようになった。
「あなたの知らない世界」なんて怪奇番組を見たり、楳図かずおなどの恐怖漫画を読みふけっていたために、自作自演の霊体験をしていたのではないか、と。
私は感受性の強い子どもであったし、現実と虚構の住み分けが人より曖昧であったように思う。
大学で生理心理学を専攻し、人間の脳の頼りなさや心の危うさを学ぶほどに、私は自らの体験の真正性の確保ができなくなっていた。

しかし俳句を書くようになって、やはりこの世には『生き物以外の何か』がいるのではないかと思うようになった。
それはおどろおどろしい物ではなく、ふと感じる気配だったり、私たちの力ではどうにもならない「何か」だ。
そういうものに対する畏敬の念が俳句には必要な気がするし、その「何か」に気づくためのツールとして『季語』があるのではないかとすら思うようになった。
「何か」を感じる力があった頃に俳句に出会っていれば、どんな句が書けたのかと思うと口惜しい。
そしてそう考えると、女子高生だった私をお母さんと間違えて現れたあの男の子が妙に愛おしく、もう一度現れてくれないかなあと思う。
でも、きっと霊感は戻ってこない。
なぜかそんな気がするのである。

黄泉比良坂あの子はギターを弾いているだろうか 千月

菊山千月
1972年生まれ。愛知県在住。
現代俳句協会会員。「韻」同人