雫に雫
👤木村聡雄
瓦礫ヶ原また火の玉が降る予報
はらいそ七色明日も誰かが磔に
忘却の海原の底詩には詩を
遊泳感覚千秒あまりお月様
水脈は雫に雫振り子静かに
望遠や宇宙の裏手アミノ酸
半獣神一にいらくさ二にニンフ
昨日も今日もキャンベルスープわが廊下
小舟漕ぐ岸へと軋る夜霧の私
鼻腔瞬間時空の揺らぎへとわさび田
木村聡雄「雫に雫」10句鑑賞
👤上田桜
▶瓦礫ヶ原また火の玉が降る予報
火山の噴火が原因で出来た瓦礫ヶ原。
新燃岳や桜島などは噴火レベルが上昇している。
噴火の予報に焦燥感が増す。
又、天体「テイア」のような大きな火の玉が地球に衝突する予報かも。
もしくは核保有国の世界滅亡の前触れ?それは地球そのものの瓦礫の姿でもある。
▶はらいぞ七色明日も誰かが磔に
ハライゾはキリシタン語で天国や楽園のこと。
楽園の幸せの裏側には磔という恐ろしい現実がある。
その境界線を跨ぎつつ人間界が存在する。
明日の幸せは決定的ではないし、いつも誰かが危険を孕み運命に翻弄されている。
▶忘却の海原の底詩には詩を
海原の底には色があるのか、光が届くのか、哀しみは埋もれたままなのか、溢れる詩魂は海原の底に眠り続けそして忘れ去られていく。
詩には死を死には詩をと詠めなくはない。
様々の出来事は輪廻のように繰り返す。
▶遊泳感覚千秒あまりお月様
地上から仰ぎ見るお月様へと近づいてゆく作者。
つかの間の幽体離脱、生死の境を経験した記憶の中に、浮遊していた感覚が時々戻ってくる。
長い時間さまよっていた気がしたが、現世の時間に戻ってみると千秒あまりであった。
▶水脈は雫に雫振り子静かに
地球の水は水蒸気になって雫になって水脈をつくり、やがて大海となり、大気は地球という固定軸の周りを振り子のように一定の動きで静かに動いている。
宇宙のリズムの中で人間も動植物も生かされている。
▶望遠や宇宙の裏手アミノ酸
太陽系の火星や土星、木星の縞などは天体望遠鏡で見られる。
スマホに特別な器具を付ければ月を撮ることも可能だとか。
宇宙の裏手のどこかに生命活動に不可欠な有機化合物のアミノ酸が生命の希望をもたらすかも。
▶半獣神一にいらくさ二にニンフ
ギリシャ神話の半獣の姿をした牧羊神は好色の神。
ニンフは神でも人間でもなく若くて美しい妖精。
水のニンフと風のニンフに半獣神は虚妄と虚構を抱く。
ステファヌ・マラルメの34歳の初めての個人出版、象徴主義の詩。
▶昨日も今日もキャンベルスープわが廊下
二日続きのキャンベルスープ。
ミネストローネやクラムチャウダー、コーンスープなどがある。
スープをこぼさないように慎重に廊下を歩く。
わが廊下は、我が人生にも等しく繋がる。
昨日も今日も仕事をこなして今がある。
▶小舟漕ぐ岸へと軋る夜霧の私
岸へ岸へと舟を漕げば辺りは夜霧に包まれて何も見えず、不安に満ちた私がいる。
岸へと向かう小舟と波の音がひとつのリズムを持ちながら夜霧という負の領域を暗示している。
夜霧の立ちておほほしく…和歌の一節が浮かんだ。
▶鼻腔瞬間時空の揺らぎへとわさび田
わさびの強い香りが鼻にツーンとしてきたこの一瞬の表現が、わさびの辛味成分を瞬間に捉え三次元の空間から四次元の時空にゆらぎをもたらした。
ただわさびを口に入れただけなのにかくも時間と空間とを超越させた作品。