旅の仕度
近 恵
ものぐさな私にとって旅の仕度は一番面倒な行程だった。着替えを選んだり、化粧品を小割けにしたり、行く先によっては新たに買って用意したり。若い頃に行った旅の殆どが職場の慰安旅行や友人知人との団体旅行で、旅行会社に頼んで諸々手配してもらい、行き先も興味あるなしに関わらずお膳立てされてという感じだったので、もちろん行ってしまえば新たな体験に心は躍るわけだが。多分主体的に自分で決めていないという事が、旅支度を面倒にさせていた要因だったのだと思う。だってスキーに行く時なんかは全然面倒とは思っていなかったのだから。
私の初めての旅行は母の職場の慰安旅行だった。会社のおじさんやお兄さんも可愛がってくれたのだと思う。が、昭和40年代の職場の慰安旅行といえば、だいたい温泉旅行。メインは観光より夜の宴会な訳で、子供にとってはさほど面白いものではなく、実はあまり旅行の記憶は無い。部屋の天井にぐるっと貼られたペナントを毎晩のように見上げているうち、ああ何処其処に行ったのだと記憶する感じ。部分的に面白かった事もそれが何処だか思い出せないままだ。
帰省を旅とは言い難いが子供にとっては旅行も同然。関東の父の実家へ夜行列車で行った事は覚えている。駅のホームをゆっくり過ぎる貨物列車に雪がへばりついていた事や、コンテナや台車などに書かれたワムとかワラといった国鉄の車輌記号、ディーゼル機関車のビョーッという汽笛。夜行列車はとても混んでいて、床に新聞紙を敷いて座ったり、向かいの席の人にみかんをもらったり。しかしその先はこれまたあまり覚えていない。父の実家よりも列車の方が印象的だったようだ。
それがある時からあまり面倒ではなくなった。要因はいくつかあるが、一番はインターネットの存在だ。旅行会社を頼まなくても自分で調べて行ける。観光ガイドだけではなく、地図を見ているうちに興味深い場所を発見すれば行程に組込める。そうやってGoogle mapで何度も行き来しているうちに、本当に行ったような気分になってしまう。お勧め観光地にはあまり出てこない何かを地図で発見して情報を探し、電車やバス、レンタサイクルまで調べて現地到着を想像するだけで旅の7割は楽しんでいる。あとは行くだけ。そこまで来れば、荷物のパッキングなど面倒でもなんでも無い。そんな訳でここ10年くらいの旅は、旅の仕度段階からすこぶる楽しいのである。
青胡桃拾う旅鞄の軽さ