大人の階段?
山戸則江
昭和世代には懐かしい、向田邦子脚本の「阿修羅のごとく」が某配信サービスで再びドラマ化されている。NHKで初めて放送されていたのは1979年で、子供心にも悲劇と喜劇がないまぜになった圧倒的な「大人が見るドラマ」であった。登場人物は、女性はみな美しく、男性は隆としているのに、それぞれ弱い部分や秘密を持っている。描かれているのは地に足のついた日常生活のはずなのに、誰もが何かしら葛藤し悩み苦しんでいる。「大人って、なんてドラマチックなんだろう!」と、文学少女だった私は、自分もいつかああいう大人の階段を上るのだと、勝手に大いに憧れたものである。
それから幾年月。年齢だけは十分すぎるほど「大人」になったが、果たしてあの頃憧れた大人の世界とは程遠い日々である。が、私が周囲から「大人だ」といわれることがひとつだけある。それは「行きつけのバーがある」こと。湯島、池袋、神楽坂‥‥どこもカウンターのある薄暗いバーで、行くときはたいてい一人。スタンダードカクテルだのハードリカーだのを、ちびちび(時にはぐいぐい)いただくのが好きだ。(単なる飲ん兵という噂もある)カクテルで季節を感じることができるのもいい。今の季節ならコーヒーとウイスキーのホットカクテル「アイリッシュコーヒー」。春先ほんの短い間出回る黄金柑という柑橘で作るショートカクテルも毎年待ち遠しい。最初は敷居が高かったお店でも、通ううちついに「常連」と呼ばれるようになったとき、「大人の階段上っちゃったなあ」としみじみ感じたものである。
さて日本では成人年齢が18歳に引き下げられて久しい。18歳でいきなり「大人」と言われても、それは無茶というものである。飲酒や喫煙はまた別の法律で20歳まではお預けである。向田邦子の享年をすっかり追い越してしまった私でさえ、未だ大人の修行中だと感じる。「大人の階段」から見える景色は、人それぞれ。新成人の皆さん、あなたの「大人の階段」が見つかるといいですね。
山戸 則江(やまと のりえ)
1968年山口県生まれ。「白」俳句会。同人。現代俳句協会会員、第25回現代俳句新人賞受賞。田上菊舎(江戸期の女流俳人)顕彰会会員