笑顔ののち
山岸由佳
ほんのわずかな期間だったが、写真にはまっていた時期があった。土日となればコンパクトフィルムカメラを持って街をあるいた。お世辞にも上手いといえるようなものではなかったが、「見る」ことが好きだったので、会社帰りや昼休みにふらっと写真展などによく足を運んだ。
ある日、温かみのある自然な表情の写真を撮ることで知られている写真家の写真展に一人寄ってみる。恋人同士、友達、会社の同僚、どの写真もカメラに構えることもなく、日常の中で、おだやかに、楽しそうに笑っている。やさしい眼差しの写真はどこか繊細な印象を受ける。それは次の瞬間にはなくなってしまうような大切なもののようにも思えた。たまたま写真家が在廊していたので、「どの方も自然な表情ですね。声をかけられているのですか?」と話しかけてみると、人間を撮るには人間力がいるというようなことを仰った。見ず知らずの人と、一瞬のこころの見せ合い、簡単ではない。
ゆっくり一枚ずつ眺めていると、ふっと淋しさがよぎった。その淋しさは、笑顔だけの空間によってもたされたものなのか、笑顔を撮り続ける写真家のさびしさを見たのか、私自身が持っていた淋しさだったのか、今もよく分からずにいる。