マリコさんの世界
小松 敦
某ファミレスチェーン店で友人と打合せをしていたところ、明るい調子の音楽を奏でながら、顔がネコで胴体におぼんをつけた配膳用の猫型ロボットが、はす向かいのテーブルに一人で座るグレイヘアのレディへ料理を持ってきた。猫型ロボットは、にゃんこの口調で早く取れと急かしているが、レディはそのロボットに全く気付いていない。はなから人間が給仕するものと思っているのだろう。猫型ロボットが困っている様子なので、そのレディに料理の載ったおぼんと伝票を取り出して差し上げると、大変喜ばれた。猫型ロボットは何事かを呟いて、かなり足早に立ち去っていったが、レディは最初から最後まで猫型ロボットを認識していなかったようだ。テーブルに戻ると友人は「レディと猫型ロボットの環世界(ユクスキュル)が違う」と言った。ちょうど記号創発ロボティクスにおけるロボットの環世界やマルチモーダルな大規模言語モデルについて話をしていた折だった。
打合せを終えようとしたころ、レディがやってきた。そして、私に御礼だと言ってハンドバッグから四つ折りの紙を取り出して広げてくれた。レディの自画像だった。原画ではなく光沢のある紙に複写したA4サイズのコピーだ。先を急ぐので御礼を述べて店を出た。
今、このエッセイを書きながら改めて、右下に「マリコ」とサインのあるレディの活き活きとした肖像画に見とれている。どんなにプロンプトエンジニアリングを駆使してもこんなに愛しい絵は出力されないだろう。腰から上半身がパステルでラフに描かれている。パフスリーブの半袖ワンピースはパープルで、両手を後ろに回している。広めの胸元から細い首、赤い肌、ふっくらと笑む口元、きらきらした大きな目に儚く青いアイカラー、ショートボブの黒い髪、葡萄のような飾りのついた黄色いカチューシャ。マリコさんの世界。日日是好日。
筆者プロフィール
こまつ・あつし
「海原」同人 「青山俳句工場」工員
第2回海原新人賞
https://kaigen.art/