遡る
山岸 由佳
晩婚である。38歳で結婚したが今の時代はそれほど珍しくないのかもしれない。子供はいない。子供は嫌いではないし、好きな方ではあったと思うが、産みたいとは思わなかった。年齢的にも、体力的にも不安の方が大きいという理由もあったと思う。自分の血を残したいという願望も全くなく、子供のいない生活に不満があるわけでもない。子育ての歓びを知ることは出来なかったが、まあ、それなりに楽しくやっている。
ただ、時々思うのは、自分の遺伝子を遡っていくと、みんな同じところに辿り着いて、その遙かな時間を繊い糸のように生命が受け継がれてきたことは、やはり奇跡的なことのように思われ、その糸が途切れてしまうことがほんの少しだけ残念なような申し訳ないような気もするのであった。
子育て真っ最中の友達に話すと、「血は途絶えてないよ。直接的ではなくても、人と交わったら必ず相手に影響が残っていくよ。」と言い、小さい頃によく読んだというシンガーソングライターの谷山浩子さんの本を教えてくれた。「電報配達人がやってくる」。ファンタジー小説である。そこでは、記憶の底に水族館があって思い出すことはできないけど、その人の「材料」になっている過去に出会った人達が水族になって閉じ込められているという。
ああ、なるほど。私も家族以外の友達や先生、親戚、もっと間接的には本や音楽、映画なども含めて様々なものが私の要素になっている。同じように、記憶のない頃の人達もきっと私の中にいるのだろう。もちろんいい記憶だけではないだろうし、未来の誰かの中に残りたいという訳でもないけれど、また違うかたちで誰かと繋がっていくのかもしれない。私が生まれるよりも前の遙か昔の記憶と一緒に。
こゑ消えてプールに映る誰かの家 由佳
かつて海二百十日のシャンデリア
筆者プロフィール
やまぎし・ゆか
「炎環」同人、「豆の木」参加。
第33回現代俳句新人賞受賞
第一句集『丈夫な紙』
webサイト「とれもろ」
https://toremoro.sakura.ne.jp