ドント・ウォリー・キョーコ
中嶋憲武
早朝のボウリングに非の打ち所のないくらいカンナは赤すぎた。午前五時。東蒲田にあるスターボウルへ出かけるところだった。キョーコは「ベビー・ボウル」があるから、という理由で僕を連れ出した。やってきたブルーバードにはキョーコの男友だちが三人。うす青い空気の中を走り、ボウリング場に着いてみれば、まだ眠い。
僕の手を引いてピンの弾ける音が谺する場内をキョーコは歩く。
キョーコはポツリとベビー・ボウルやってないねと言う。
僕ボウリングまだ先。
ドームに弾けるピンの音の中をゆっくり歩めばホワイトバードもブラックバードもいる夏だ。
キョーコはピアノのレッスンに通う。濡れているひきがえるの石の置物。煉瓦色だ。飛び石も雨に濡れてその上を歩いていくとピアノの先生の住む玄関の扉が開く。
四つの私はキョーコが従姉という概念を持たず、おじさんの子どもとにんしきしていたようだ。
キョーコはひとまわり上。つまりこの時十六歳で女子美に通う女生徒だ。だから帰りに駅前の不二家でミートパイを買って帰る。
オンナワーゴン/バウンフォーマーキッ/ゼアザコーフィザモーンフラーイ
フォークギターを鳴らしてキョーコが歌う草むら。
たぶんじぶんではジョーン・バエズと思ってたことだろう。キョーコのお母さん、つまりおばさんを尋ねて行ったときキョーコがこんなことしててと布団の中で歌ってたテープレコーダーのプレイボタンを人差し指で押し込む。
澄んだ声が台所に響いた。細い小さな声だ。誰もいない昼にこっそり歌って録音してたのか。まるで悪いことを発見したみたいにおばさんの眉は曇ってて。誰もいない昼に?真夜中だったかもしれない。
ベン・シャーンはキョーコの偶像であったので幼なじみのシュン君とベッドに並んで「マルテの手記」を読み耽ることはまったく持って春の行いであった。シュン君との結婚式でキョーコのまっしろなウエディングドレスの姿を目にした時、俺は緊張してただ呆然と立っているばかりであった。
フォークギターはクローゼットの奥深く仕舞われ草むらの西日の匂いを発することもない。
パレットに溶かれたパープルっぽいコバルトブルーにすこしピンクが混ざったのを見てキョーコはとても感心したように「きれい」と言った。僕がでたらめに混ぜたグワッシュの色だ。私は少し照れくさいような気持ちでキョーコの横顔を見ていた。
オシロイバナは蛍光灯の灯りを半分ほど受けて黄昏の風にすこし揺れた。
チューリップ花弁のなかに眠り足りぬ