👤永井江美子選
現代俳句年鑑2026📚|50P~79P
【特選句】
夏の夕たしかに水の話し声
青木澄江
夏の夕方に水たちの話し声を聴いたという、作者の「一瞬の美学」のようなものに惹きつけられた。
私たちはいつも今という一瞬の季節を生きているが、その夏の日の夕方は、昨日でも今日でもなく、現在只今という一瞬である。
そこで水たちの話し声を聴いたのだ。
日常の暮らしのなか水音は絶えず聴こえるが、話し声は作者に柔らかな耳朶と詩心がなければ聴こえてこないもの。
その声を聴いた夏の夕は、作者にとってはまさに至福の時、詩の生まれる一瞬であったと思うのである。
【秀句5句】
地の底を謳う向日葵たじろがず
秋尾敏
手を洗ふ水の光や麦の秋
伊澤二三子
石一つおいて見上げる冬銀河
井平幸雄
竹皮を脱ぐあと一枚の未練
宇佐見輝子
運命の少し後ろをかたつむり
Fよしと
【1句目】
向日葵という花の持つイメージを覆す言葉の巧緻は、作者の自己凝視の力かもしれない。
【2句目】
手を洗うという日常行為に、水の光を見た繊細さが麦秋の現実感と僅かにずれて、鮮やかな読後感。
【3句目】
一つだけ置かれた石に生の重さがあり、見上げる冬銀河も切なく美しい。
【4句目】
竹の命を思うとき、脱ぎ捨てるものの未練を感じ、人もまたそのようであると諦念する。
【5句目】
真宗門徒である私に運命は阿弥陀如来の手にあるが、かたつむりは如何ばかりかと共感する。
👤鈴木牛後選
現代俳句年鑑2026📚|147P~181P
【特選句】
穴籠る熊ごと山の売られけり
谷川浩
昨年は日本全国で熊が出没し、その被害も甚大なものであった。
今年もまた、春早くから熊のニュースが流れている。
熊がこれほどまでに人里に出るようになったのには、人間の側にも大きな責任があることは疑いないだろう。
掲句は、冬眠という熊の自然な姿と、それを包み込み、あるいは絡め取るような人間の経済活動を対比的に描いている。
このような事実は各地であるのだろうが、それを超えた寓話的な批評性を感じさせる。
【秀句5句】
骨壺に水満ちてゆく十三夜
髙橋佳世子
敗戦日馬糞に藁が立つてゐる
鶴岡行馬
母の日が暮れて自分の日に戻る
中内かず子
子を持たぬ僕ら稲妻並び見る
中村すじこ
新しき影を生みけり更衣
中村正幸
【1句目】
長い時間をかけて骨壺の骨は水へと変わるという。そのことを踏まえた幻想美。
【2句目】
馬糞の中の藁が、馬糞の表面から立ち上がっている。明日へのエネルギーをそこに感じた。
【3句目】
母の日は夕方まででそれからは自分の時間。母も大切だが、自分もまた労らなければ。
【4句目】
稲の稔りをもたらすという稲妻。「並び見る」という措辞に、フラットな関係性が見える。
【5句目】
更衣をして身も心も新しくなり、さらに影までも新しいという視点に共感。