👤羽村美和子選
現代俳句年鑑2026📚|114P~147P
【特選句】
慟哭を千年飼い慣らす枯木
神野紗希
「慟哭」は、深く悲しみ身もだえして大声で泣くことを言う。その「慟哭」を「飼い慣らす」ものがいて、それは「枯木」だと言う。しかもそこには「千年」という時空を要する。
「枯木」は枯死した木ではない。枯れたかのように見えるが、冬をじっと耐え次の芽吹きの準備をしているのだ。その「枯木」が、来年は芽吹くよ、次の年こそと言いながら「飼い慣らす」、すなわち耐えさせ、希望を持たせる。
ではこの「慟哭」とは何か。おそらく人類の悲惨な出来事の加害者又は被害者の「慟哭」、言わば人類の「慟哭」ではなかろうか。
掲句は17音ではあるが、リズムは最後が3音かつkiで終わっているため、厳しい印象を与える。読み返す度に深みに嵌まっていく作品。
【秀句5句】
しにがみとゆびきりをしてうまれたの
高路鋒山子
がちやがちやや親がちや子がちや国家がちや
小林貴子
無駄死にが必然としてある若葉
嵯峨根鈴子
アイスコーヒー悪魔祓いは済んでいる
坂本眞紅
落葉の一つを拾う僕を拾う
佐孝石画
【1句目】
〈じゃんけんで負けて螢に生まれたの 池田澄子〉のパロディーのように思えるが、なかなか深い。人には生まれる時から決まった寿命があり、それに従って生きるということであろう。「しにがみと」に一瞬どきりとさせられるが、泰然とした発想。平仮名書きも良い。
【2句目】
「がちやがちやや」と、まず玩具などが入ったカプセルがランダムに出てくる様子を提示。その後、親・子・国家と続く。かつて流行語となった「親がちや」は、格差や自己責任などの問題を多く孕んでおり、子・国家と広がっていく。掲句は名詞を並べるだけの手法だが、問題を深く投げかけてくる。
【3句目】
「無駄死にが必然としてある」の措辞にたじろぐ。大義のための死は必然ではないはず。しかしそれは下五で解消。樹木は冬になると、樹木の体力を保つために一斉に葉を落とす。それが上中句の措辞。作者は「若葉」を見て自然の摂理に感心しているのだ。挑発的な書き方に、思わず引き込まれる。
【4句目】
何の予備知識もなく、初めてコーヒーを見た人の感覚は大変なものだったに違いない。「こんな黒いものを飲めなんて!」「大丈夫です。悪魔払いは済んでいますから」そんな会話が聞こえてきそうだ。発想の面白さがある。
【5句目】
「落葉」は自然の摂理。年を取って光合成が悪くなった葉を、樹木は切り落とすらしい。しかし「落葉」は落ちてなお樹木の栄養となったり生き物の住処となったりする。作者はその「落葉」に自分を重ね、限りない愛おしさを感じている。情緒豊かな作品。「拾う」のリフレインが効いている。
👤石倉夏生選
現代俳句年鑑2026📚|213P~240P
【特選句】
一死から万死の鶏舎ヒトラー忌
龍太一
一読して、鳥インフルエンザが脳裡をよぎる。「万死」この措辞で、読みは確信に変わる。感染力の強いウイルスゆえに素早い判断で、感染拡大防止のために法律によって大量殺処分が実行される。一羽一羽の命も、ここでは商品食品としての価値判断であり、冷徹に手落ちなく処理される。
掲句が重く深いのは、犠牲者数1000万人を超えると言われるホロコーストの首謀者、アドロフ・ヒトラーの忌日を結句に添えたところにある。
もちろん、ホロコーストの悲惨は、その重さにおいて同列に語られるものではない。しかしそれ故に、俳句という器に、クールに二句一章で封じ込まれた時、作者の意図が、何倍にも増幅された恐怖感として、読者に迫る。
一羽の鶏の死に端を発した措辞の奥から、戦争犯罪の悪夢が浮上する。
【秀句5句】
処方箋は月の渚を歩くこと
水口圭子
溶けるときピアノと遊ぶ氷柱かな
森澤程
幾千万の呼吸の残る蟬の穴
森須蘭
羽搏くは瞬くに似て冬蝶で
柳生正名
妹がやわらかくなる豆の飯
渡邊淳子
【1句目】
着想がユニーク。何科のどんな医師が発行した処方箋か。虚実の虚を愉しむように仕掛けられた句意と判断する。となれば、読者はこの処方箋の効能の、癒しのイメージを最大限に広げて愉しむことになる。
【2句目】
鑑賞の楽しみは、予測を超えて展開される発想との遭遇にある。掲句もその好例である。このピアノとは奏でられたメロディーそのもと解釈したが、音楽が氷柱を溶かす、この着想が何とも絶妙で心地よい。
【3句目】
蟬の穴を凝視する。抜け出た蟬は近くの樹上で鳴いているのかも知れないが、作者の意識は、その一匹が地中で過ごした過去の長い歳月にある。地上と地下の棲息時間の落差を、「幾千万の呼吸」と巧妙に言い留めている。
【4句目】
注目すべきは結句である。予定調和的には、「冬の蝶」。しかし作者はそうは書かない。「冬蝶で」と述語を中止している。たちまち不安定感が醸成され、「羽搏く」と「瞬く」との類似したフレーズと微妙に響き合っている。
【5句目】
確かに姉妹でも個性は明確に違いがあり、大概に妹の方が強い。その妹と、一緒に豆ごはんを食べている時の表情の優しさに驚く。結局、作者は妹が大好きなのであろう。ひらがな表記の中七がそれを暗示している。