週に一度、先生になる
👤悠雲憂季

週に一度だけ小学校の先生をしている。
先生といっても、僕に教員免許なんてない。
SSR(スペシャルサポートルーム)という不登校支援の手伝いをしているのだ。
有償のボランティアとして。 
SSRには、学年バラバラの10人くらいが通っている。
毎日やって来る子もいれば、たまに顔を見せてくれる子もいる。
みんな小学生なりに悩みながら、できるだけ自分のクラスで授業を受けようと頑張っている。
大学生なのに俳句とバンド活動にかまけて、ろくに勉強してない僕よりもずっと偉い。
SSRでの勉強は大体プリントやiPad。
朝の会では絵本の読み聞かせをするし、ぬいぐるみも参加する(健康観察まで!)

そんなちょっと緩めのSSRは、子供たちにとって自分のクラスに行くよりも心のハードルが低い場所となっているようだ。

毎週水曜日の午前中は、小学校で絵本の読み聞かせや全力の鬼ごっこをして、午後からは大学で講義…というのが、僕の日課だ。

冬休み明けから、SSRに通っていた男の子がひとり、自分のクラスだけに通うことを選んだ。
彼は過去にクラスでイジメられていたので、どうしているかと思っていた。
そんな矢先、彼はSSRの教室前にふらりと現れた。
大休憩の終わるギリギリに。
「先生に会いに来た!」らしい。
こんな腐れ大学生を、子どもたちは先生と呼ぶ。
元気そうな顔を見てホッとしたけれど、SSRに入ってもっと話そう、とは言えなかった。
だから、出来るだけ当たり触りのない話をしながら、彼をクラスまで送っていくことにした。
彼は、来週の大休憩で一緒に遊びたいと言って聞かなかったので、指切りをして別れた。
SSRの子との鬼ごっこに彼が混ざるのは、あまり良いことじゃない。

もし彼に、やっぱり先生のいるSSRに戻りたいとか、SSRの子と一緒にいたいと言われたら、どんな言葉をかければいいんだろう。
頑張っている彼の決心が揺らぐようなことはしたくない。
そして出来ることなら、先生として背中を押してあげたい。
でも本当に苦しくなったときは、おかえりと言ってあげたい。
未熟な僕には、彼とどう向き合うべきかまだ分からなかった。
辛いけれど、少しずつ彼と距離を置いていくことが、彼のためになるのかもしれない。
少なくとも、ただ子供に好かれるだけが良い先生ではないことを学んだ。
今の僕が向き合っているのは、SSRの先生ならではの問題なのだろう。
でもそれはやり甲斐とも言えそうだ。

少年に羽

翅を引く蟻ごと摘まみ上げにけり
桜桃忌お腹を撫でてみろと犬
夕立やレシート裏にもらふ地図
蝸牛おどろきて皃なくなりぬ
UNO顔へ浴びせられたり黴の宿
少し脱ぐからと日傘を持たさるる
ウォータースライダーつづけざまに尻
休暇果つ少年に羽ありしまま

悠雲憂季(ゆううんゆうき)
広島の心理学科生 楽園所属
西東三鬼賞秀逸 現俳青年部大会正賞 他


キウイ味の歯磨き粉
👤吉田彩乃

歯磨き粉をひとつ買うために、散歩がてら家から少し離れた薬局まで来ていた。
買うつもりもないリップクリームやヘアオイルなどをしばらく眺めてから、目当ての棚の前で足を止める。
私はキウイ味の歯磨き粉を手に取った。

高校生まで、歯磨き粉は子ども用のものしか使えなかった。
大学生になってついに大人用の歯磨き粉を使えるようになったことは、私の中で大きな成長だった。
レジに歯磨き粉を置き、財布の中から20%オフのクーポンを取り出す。
「一点で308円です」
店員さんが、くぐもった声で値段を告げた。
クーポンで安くなったのはたった80円ほど。
それだけのことなのに、私はなんだか嬉しくなった。
人知れずいいことをしたような、そんな気分だった。

薬局を出ると、夕日がもう傾いていた。
大通りをまっすぐ進むと、鴨川に突き当たる。
橋の上から見下ろすと、飛び石や鴨川デルタで遊ぶ人、等間隔で座るカップルたちが、小さな人形のように並んでいた。
大学に入って京都に来てから、私は何度も鴨川で時間を過ごしてきた。
春には河原でピクニックをし、夏にはデルタで花火をした。
秋の夜明け前に友達と飛び石を渡ったこともあるし、冬には雪だるまも作った。
これから先、鴨川を通るたびにそんな時間を思い出すのだろう。
そう思うと、過ぎた日々がまだどこかに残っているような気がした。

鴨川近くの商店街を抜ける途中で、糸こんにゃくを切らしていたことを思い出し、スーパーに寄ってから帰ることにした。
糸こんにゃくが大好物の私は、冷蔵庫にストックがないと落ち着かないのだ。
エコバッグに糸こんにゃくを三つ入れると、右手がほどよく重くなり、その重みが私に満足感を与えた。
そうだ、今夜は鍋にしよう。
具の半分を糸こんにゃくにして、思う存分頬張ろう。
まだ作ってもいない鍋を思い浮かべながら、私はいつもの道を歩いた。

歯磨き粉と糸こんにゃくを買っただけの夕方。それなのに、どこか満ち足りた気分だった。

微睡みの奥から

春の野のいちばんやわらかいところ
わかめわかめときどきあくびしてひらく
蛍なら言葉はいらなかったのに
星涼し人魚の回るオルゴール
カラコンの瞳まんまる夢二の忌
十円玉すべて裏向き蚯蚓鳴く
マスクして自分のために歌う歌
微睡みの奥からやってくる鯨

吉田彩乃
2003年生まれ 京都府在住 
「まるたけ」所属