
🏆第46回現代俳句評論賞 佳作
摂氏華氏
受賞のことば

この度は、現代俳句評論賞の佳作に選んでいただき、ありがとうございました。審査にあたっていただいた皆様に感謝申し上げます。
私は俳句が好きです。なぜなら、作品を読むと、その俳人の言語観・世界観・俳人としてのありようなどに魅了されるからです。そして、なぜこんなに魅了されてしまうのかについて考えます。いつの場合も、それが評論の端緒であるように思います。私の場合は、特に安井浩司と攝津幸彦、両人の作品に心惹かれており、この二人の俳句の奥義を読み極めたいという願望があります。二人の作品は難解ですが、俳句が言葉からできているということを教えてくれますし、言葉によって開かれる世界を鮮やかに見せてくれます。たいへんすぐれた俳句作家である所以です。二人ともコアな読者に支持されてきて幸せだと思いますが、もっと幅広い読者の皆さんから愛されて、読み継がれていってもらえたら嬉しいです。
論と実作は車の両輪と言われています。実作とともに、これからも言葉と表現について思いを巡らせながら、俳句評論に取り組んでいきたいと思います。
1963年 金沢市に生まれる。
1994年 「古志」に入会(俳号 大桃艪人)。長谷川櫂に師事する。10年間在籍する。
2012年 句集『花谺』(私家版)上梓。
2021年 第22回山本健吉評論賞受賞。
(受賞作「攝津幸彦論―想像力の可能性をめぐって」)
第5回円錐新鋭作品賞白泉賞受賞。
「円錐」に入会する。
現在 「円錐」同人。
【佳作 全文】
安井浩司論 ―「謎と変容」の世界について
本稿は安井浩司の作品世界を次の五観点により分析する。すなわち「絶対言語」「非在と実在」「巨人」「出奔」「煙」である。安井の作品世界に五つの切り込みを入れることにより、難解と言われるその俳句の魅力を抽出し、彼が終生、追い求めた「謎と変容」の世界について考察したい。
1 絶対言語
A「■」という字が病室に入りきらぬ
さて、問題です。あなたなら■に何を入れますか?
答え合わせは最後にします。
B ■■書■■画等しく囮
C 企画書細密画等しく囮
※注釈:囮は龍4つの漢字が入ります
BとCを比較して、あなたはどちらが面白いと思うであろうか。私ならばAに軍配を上げる。Aは二字であればどんな言葉や記号でも入れることができ、可能性に満ちている。
不特定、未完成の魅力があるといってよい。それに対してBはもうできあがった世界であり、読者は書かれているものをなぞる読み方を強いられることになる。Aの方がより主体的な読みが可能となるのである。
伏字を用いた作品に意識的だった詩人がいる。吉原幸子である。題名は「・・・・・・」(『昼顔』昭和48年)である。その第一連と第二連を引用する。
うちうの おほどけい
ほしにぶつかる ほし
よるのいうゑんちに ひかるへび
あなたの がいっせいに
あなたの がいっせいに
さける
さく!あなたを して
あなたをもっともっともっともっと
この詩では12個の空白が設けられ、読者が自由に穴埋めして読むような仕掛けが施されている。コクトーの映画「オルフェ」の中で「ぼくの最高の詩集」と人にみせた本がまったくの白紙だったという場面がある。吉原はその場面を引き合いに出して、「ゆき着く先はあそこか」と述べている。たしかにこの方法を突き詰めていけば、ついには白紙に到達することになるだろう。
ただ、Bにはそこまでのラディカルさは感じられない。「囮※」は秋(晩秋)の季語である。Bの作者はきちんと季語を入れ、季語を伏字とすることはない。自身の作品が俳句であることを保証するために季語を隠さないのである。
※注釈:囮は龍4つの漢字が入ります
では、Bの作者の伏字意識はどこに求められるのであろうか。
私は安井浩司の次の言葉が、たいへん示唆に富んでいるように思われる。
歳時記的な季語と私の考える絶対言語は違うんです。(略)私にとっては絶対言語が季語で俳句の要なので、そういった絶対言語を見つけてゆく、創造してゆくことの方が大事です。(略)絶対言語は歳時記の季ではないんです。安井浩司が生み出した、あるいは私が俳句と戦い喧嘩して生まれた、極めて肉体的な言葉が絶対言語なんです。
(安井浩司インタビュー「安井浩司読本」Ⅰ)
安井は、自作の「冬青空泛かぶ総序の鷹ひとつ」の季語は「冬青空」であるが、絶対言語は「総序の鷹」であることを認めている。この句の作者がもしBならば、「冬青空泛かぶ■■の鷹ひとつ」いう作品として提示するのではないだろうか。Bは季語を残して、安井が言うところの絶対言語といえる部分をわざと伏字にするはずだ。俳句の肝ともいえる絶対言語を隠すことによって、読者のイマジネーションを最大限に刺激する。これがBの作者の伏字意識なのではないだろうか。一句をなした後で、その句の要諦となるべき言葉を伏字によって秘匿する。秘匿された言葉は永遠に日の目を見ることなく、作者の創作ノートでひっそりと一生を過ごすのだ。咎なく罰せられた人のように。
さて、ここで冒頭のAの句の種明かしをしよう。
「■」という字が病室に入りきらぬ
安井浩司は次のように言う。
私はこの句が折笠の秀句の一つではなかろうか、と思うようになってから久しい。この不思議な構成文字と病室空間との格闘に、ある腫の凄みを覚えるのだ。しかも高い詩性に支えられているのではないか。(略)いま、大空を凧がひとつ舞い上がっていく様を私は夢想してしまう。それは白地の中に、文字とも絵ともつかぬ「■」の文字を掲げた凧だ。
文字とも絵ともつかないのは、伏字も同じことだ。凧の白地の紙には■が染め抜かれていたとしても、なんの不思議もないだろう。伏字は、永遠の見果てぬ夢ということができる。
註A 折笠美秋の作品
B 織田亮太朗の作品
C 筆者が穴埋めしたもの
2 非在と実在
A 霧の村石を投(ほ)うらば父母散らん
B 菩提寺へ母がほうらば蟇裂けん
C 「美代子、あれは詩人だ。
石を投げなさい。」
Aの舞台は秩父盆地の皆野町。この地は霧が深い。時代は高度経済成長期の昭和三十年から四十年代。共同体である村社会が崩壊し、都市化がどんどん押し進められていった。「父母散らん」には時代の波に押し流されてゆく老いた両親の命が刻印されている
Bは「菩提寺」に向かって「母」が「蟇」をほうる。何たる剛毅。その「蟇」が空中で「裂け」る様を幻視することで、「母」の呪術性を描いてあまりある。研生英午は
『蟇』が何かの象徴的喩だとすれば、それは(略)我ではないだろうか。我を『菩提寺へ』『ほうらば』『裂け』てしまうので『ほうら』ないでくれといっているように思える。
と述べているが、「蟇」に象徴的喩を見るよりも、「蟇」そのものと解釈した方が句は鮮烈になるだろう。この句、「父」でなく「母」を登場させたところが味噌。作者は七十九歳の時に「父」について、「書きにくかったです。何か書いてはいけないような感覚がありましたので。でも最近、『父』を書くことで、かなり救済されるような部分を自分でも自覚するようになってきた」と語っている。「父」の呪縛を感じさせる告白である。
C 世の宮沢賢治ブームを一蹴。「宮沢賢治に石を投げる それが正しい批評」と直球で勝負を挑む。その「石」がブーメランのように戻ってきて、己(詩人)を打つことは覚悟のうえだ。
A~Cを見てくると「もの」を「ほうる」という行為はかなぐり捨てるようにして思いを断ち切ることで、逆説的に思いをつなげることであると了解することができる。対象と自己との関わりを探究するうえで、不可欠の行為ということができるだろう。
D 銀行員ら朝より螢光す烏賊のごとく
E 夜間飛行士草に眠る処女膜のように
Dの舞台は作者の勤務先である日本銀行神戸支店。当時一人ひとりの机に蛍光灯があった。前日、家族で尾道の水族館へ行き、ホタルイカを見ていたため、蛍光灯とホタルイカが直結した。あたかも「銀行員ら」がみずから発光して「烏賊」みたいに見えると表現したところ、見事にツボにはまり、社会性俳句の記念碑的な作品となった。この作者の作品の背景には、必ず現実がある。現場主義が現実に切れ込みを入れ、その断面を鮮やかに荘厳するのである。
Eは「夜間飛行士」と「処女膜」の出会いがすべてであり、それ以上でも、それ以下でもない。余剰物のない清々しい世界が構築されている。もちろん、主義や思想はないし、現実世界の寓話でもない。読者は一幅の脳内絵画を楽しめばよいのだ。「処女膜」という言葉が用いられているが、処女信仰が表出されているのではない。(処女信仰は男が発明した、男に都合のよいものだろう)。「夜間飛行士」に健やかな眠りをもたらすために、作者が周到に用意した比喩であり、それはおまじな(、、、、、)い(、)のようなものだとも言えよう。「宇宙飛行士」でなく「夜間飛行士」であるところも地上的な幸福を感じさせ、サン=テグジュペリを想起する人もいることだろう。
グリム兄弟の死を嘆くことはない。なぜなら今でも『星の王子さま』のようなおとぎ話が、飛行士や、星々の中を進む人々によって書かれ、わたしたちのもとに落ちてくるのだから。
(『メリー・ポピンズ』の作者トラヴアースの言葉)
DとEの優劣を競うことは無意味だ。句が夢想するもの(この世で果たす役割)がまるで違うのである。読者はその句が何を夢想しているか、ということに意識的である必要がある。
F 殉教の島薄明に錆びゆく斧
G 葡萄園の夜産道すべる斧思う
Fは五島列島での旅吟。どこにいっても隠れ切支丹の伝承を聞いたという。「錆びゆく斧」が現実に目にしたものかどうかは不明であるが、弾圧を受けた歴史、身体的精神的痛みを今に伝える存在として描かれていることは明白である。この「斧」は文脈のなかにしっかりと根をおろしているといえる。
Gは「産道すべる斧」を文脈に根づかせることができない。文字通り、滑ってゆく。垂直に垂れ下がる「葡萄」との運動体としての対比によって「産道すべる斧」という本来ありそうもない非在のものを、実在のものへと転化させることに成功している。非在と実在の間に詩性を宿らせる。これぞ、浩司俳句の真骨頂である。
註 ADFの作者は金子兜太、BEGの作者は安井浩司、Cは荒川洋治の詩「美代子、石を投げなさい」より。
3 巨人
A 稲の世を巨人は三歩で踏み越える
B 年を以て巨人としたり歩み去る
C 白をもて一つ年とる浮鷗
Aの「巨人」はたった散歩で「稲の世」という時空を越えてゆく。そのたくましい足取りが描かれている。それに比して、②の「巨人」は一年という限定的な時間をしっかりと見届けて立ち去ってゆく。「巨人」を描いているように見えるが、その実、「巨人」(時間の暗喩)の後ろ姿を見送っている創作主体を描くことに執心している。大塚凱はAの「巨人」には「顔」があり、Bの「巨人」は「ぬーっとした、のっぺらぼうのような影法師」を見せていることを指摘したうえで、次のように述べる。
「誰のものでもない巨人」(筆者註―Bの巨人)と「誰のものでもある巨人」(筆者註―Aの巨人)。誰のものでもないからこそ「巨人」は「読者である私の「巨人」たりえるし、誰のものでもあるからこそ「私の巨人ではない」という思いも抱いてしまう。これは、誰のためにその俳句があるのか、という問いにつながるものであると思う。
Aの句は、やはり読者の共感を得ることを大切に思っており、そういう意味では読者ファーストの句といえるだろう。意識的に読者にサービスをして、面白さを提供しようとしている。それに対して、Bの句は創作主体である自分の感覚を最優先させている、いわば芸術至上の句だ。別に読者を下に見ているわけではないのだが、わかる人だけわかればよいと達観している風もあり、そういう意味では、結果的に読者を選んでいるといえるのかもしれない。AとBでは、「誰のためにその俳句があるのか」という点で、極めて対照的であり、作品の優劣をいうのはナンセンスというものだろう。
Cの句には「巨人」の代わりに「浮鷗」が一年の区切りをつけてくれている。読者に過度のサービスをすることはなく、また、自分の感覚をぐいぐい押しつけてくるところもない。あ(、)く(、)のない世界が、淡々と滋味ゆたかに描かれている。AとBのちょうど中間に位置するような句だ。
“巨人”というものは元来、非我を内包する「我」でありながら、それは<状態>以上に<意志>的なものである。巨人そのこ(、)と(、)が、すでに日常の時間制に対する挑発なのだ。しかもそれは、衆を突きぬけた「個」的な営為であるほかはない。
(「高浜虚子私論」)
これはAの作者の言葉である。一般論の体裁をとってはいるが、自分の句への批評として読むことができる。「巨人」は日常の時間を侵犯する、いわば時間の攪拌者なのである。
その意志的な行動は、われわれを嘲るようにして突きぬけてゆく。「見てろよ、三歩で踏み越えてやらあ」。「巨人」は宣言通り、突きぬけてゆく。突きぬけることで、まるで時空を打ち開いていくかのようだ。この「突きぬけ」感は時として性的イメージで、記述される。
D 昼がらん少年より抜く巨きうど
E 去年今年貫く棒のごときもの
F 部屋の英子がこちらを向いた気配に、彼は勃起した陰茎を外から障子に突き立てた。障子は乾いた音をたてて破れ、それを見た英子は読んでいた本を力一杯障子にぶつけたのだ。本は見事、的に当って畳に落ちた。
Dの句。「うど」は多年草であり、丈が高
く、大きなものは二メートルほどになる。この句、少年より「巨きうど」を抜いたら「がらん(どう)」なったと読める。「巨きうど」には第二次性徴を迎えた男性器の面影が宿っており、少年の性への目覚めが投影されているといえそうだ。鳴戸奈菜は「陽の当たらぬ所で栽培されるうどの形態やら質感の、一句
における効用の妙」を指摘している。
Eの句。多くの読者は、大晦日の除夜の鐘
をイメージするだろう。「貫く」が効果的な表現であり、重量感のある太い「棒」が「去年」と「今年」を隔てる時の壁を思い切りぶち抜くような場面が、ミュート映像で描出されている。そのような具体性がある一方で、抽象性も兼ね備えており、そのため、年を跨いでの性行為を思い浮かべる読者がいたとしても、何ら驚くにあたらない。
Fは文学史上、有名な障子破りの場面である。主人公は恋人に対して、無邪気におのれの雄性をアピールする。その誇りと羞恥が乾いた文体で描かれる。言葉遊びをするようだが、巨は虚に通じる。巨人は「稲の世」という実の世界から、虚の世界へと一気に突きぬけてゆく。この巨人のふるまいを私たちはたた固唾を飲んで見つめるしかない。
註 A、Dの作者は安井浩司、B、Eの作者は高浜虚子、Cの作者は森澄雄、Fは石原慎太郎「太陽の季節」より。
4 出奔
岡井隆と安井浩司には、共通する個人史がある。家族から離れ、ある女性と生活を共にしたという点である。所謂、出奔である。自筆年譜をもとに経緯を見ておきたい。
まずは、岡井隆。
昭和四四年(一九六九)四月に、〈新樹〉とよぶ女性と、運命的な出逢いをして、結局は、その運命を甘受した。
昭和四五年(一九七〇)七月下旬のある日、〈新樹〉をつれて、東京をはなれ、家をはなれ、一切の現世の地位と仕事からおさらばした。
昭和五二年(一九七七)雑誌「短歌」に「歳月」一連を作って、歌壇に復帰した(といわれた)。
これが四一歳から四九歳にかけての出来事である。二九歳の時に結婚しているので、十二年ほどの結婚生活を経て、九州へ出奔し、新しい女性との新しい生活へシフトチェンジした。九州各地を転々とした後に、福岡県遠賀郡に住む。これが短歌史に名を刻む〈岡井隆失踪〉である。その頃の作品は、第五歌集『天河庭園集』(一九七八年)に収められている。
一箇の運命としてあらはれし新樹を避くる手段(てだて)ありしや
女(をみな)ひとり声あまゆるをもてあまし汗ばまむまでくぐもりわたる
一方(ひとかた)に過ぎ行く時や揚雲雀啼け性愛の限りつくして
溺愛し居たる刻(とき)すぎ月光(つきかげ)はあまねからむと口漱ぎ居り
避けることのできない運命として、目の前に現れた「新樹」(=「女ひとり」)が歌われている。「声」「汗」という肉感を通じて、のっぴきならない恋愛関係をくぐもるような声調で描いている。「女」は「性愛の限りつくして」「溺愛」する対象であったのだ。
家はなほ彼方(かなた)にあるをあぢさゐの駅すぎてより愛暴(あ)れかかる
別るるはまことにふたたび逢はむため碾(ひ)くごとくまた轢(ひ)かれるごとく
「愛恋」を主題とした歌では、肉体の交渉が主旋律を奏でている。性のもつ暴力性と身を粉にして尽くそうとする献身性―きっとこの両極を振り子のように往来することこそが、生の実体を底支えしていたのであろう。
あけぼのの星を言葉にさしかへて唱(うた)ふも今日をかぎりとやせむ
『天河庭園集』の掉尾を飾る歌。岡井は一人の女性を得ることになるが、まるで等価交換をするように歌の世界からしばらく離れることになる。
続いて、安井浩司の場合。
昭和四四年(一九六九)5月、俳句評論の有志諸兄が、上野亀屋で〈安井浩司壮行会〉をひらいてくれた。6月、高山へ。
昭和四七年(一九七二)7月、高山離別の話が出る。
11月30日、高山を去る。能代へ。秋田市に開業準備のためせわし。実家に寄宿。
昭和四八年(一九七三)全てを忘れるごとく句作に没入。
これが三三歳から三七歳にかけての出来事である。二五歳で結婚して二児の父になっていたが、結婚生活八年を経て家を出て、飛騨高山に向かう。岡井が出奔する一年前のことであった。あまり時を置かずに二人が、出奔という行動を起こしたことは興味深い。ある日突然、人間が消えてしまう現象を「蒸発」と読んだ世相も無関係とはいえない。安井は
高柳重信論の中で次のように述べている。
詩人は、大なり小なり女を通してイメージを養うといえる。そして、遂に女とは詩人にとって不在のものとなる。(略)それ(筆者註―女を指す)は、かけがえのない氏(筆者註―高柳重信を指す)の ‘‘俳句形式‘‘そのものであったことである。
(「俳句形式の彼方」『海辺のアポリア』)
このことは安井自身にもあてはまるといえるだろう。安井は「俳句形式」を追いかけるようにして、女のもとに走ったのだ。
有耶無耶の関ふりむけば汝と我
『汝と我』
この句について、浩司は次のように自解している。
うやむや、むやむやの関は、要するに奥羽なら何処に 在ろうとよかった。奥羽三関のひとつ笹谷峠、しかしなぜか芭蕉は象潟と小砂川間の関町をそう呼んでいる。
私自身、その関を越えて出奔したが、又そこを通って奥羽に戻った。行くことと帰ることのどちらの意味が重いのか、未だに分からない。(「未定」七〇号)
「関」が現在地。そこで振り向く。往路は過去。帰路は未来だ。過去の「我」と未来の「汝」が擦れちがうのをまるで見守るかのような句である。ここで何かが終わり、ここから何かが始まろうとしていたのだ。
飛騨高山時代の句は、第三句集『中止観』の一九七一年)の「蠓や抄」以降に収められている。
青山河蚊帳売人が倒れつつ
旅人よ夏のつららを握るらん
春の雁このまくらぎも死ぬつもり
「蚊帳売人」には「旅人」の面影がある。倒れながら「青山河」を仰ぎ、「夏のつらら」を握りしめる。「旅」に身を置く自身の〈客死〉を主題としていることは明らかだろう。「まくらぎも」(私も)「死ぬつもり」なのだ。岡井隆も安井浩司も「死ぬつもり」で出奔したのだ。その出奔は不思議と〈詩〉のために用意されたような印象を受ける
5 煙
遠い煙が白瓜抱いて昇るらん
安井浩司『密母集』
「白瓜」は太くて長い形状をしていることから、勃起した男根を連想させる。「遠い煙」には白濁した精液の面影があり、昇天には性的絶頂の意味が込められていると読み解くことができる。
ただ「煙」の句に注目すると、別の光景も見えてくる。
飯尾宗祇の煙あがる瓜の家
宗祇忌の地面に白瓜の皮も死ね
宗祇の墓すこし離れて瓜と遊べ
『密母集』
「飯尾宗祇の煙」とは「宗祇忌」「宗祇の墓」と続くことからして、火葬の煙と見て、まず間違いなかろう。
美濃ここに宗祇の水に瓜浸し
水野節子
宗祇は室町時代後期の連歌師。全国を旅して、連歌の普及に貢献した。芭蕉もリスペクトした詩人である。郡上市八幡町の湧水「宗祇水」にその名を残す。宗祇は旅の途中で、箱根山中あたりで病没(一五〇二年九月一日)し、弟子たちにより定輪寺(静岡県裾野市)に葬られたと伝えられている。
浩司は「旅」をテーマに据えた俳句作家であるから、宗祇にシンパシーを感じたであろうことは容易に想像がつく。どの句も「死」を背景にしながらも「瓜」のみみずしさが印象的である。「白瓜の皮も死ね」は詩人の死を厳しく凝視しつつ、悲しみに暮れるばかりではなく、「瓜と遊べ」ともいい、その漂泊のこころを手放しで愛でている。「すこし離れて」に俳味が宿り、こういう句を読むと、浩司の句を難解として敬して遠ざける世評にまったく同意しかねるのである。
さて、冒頭の句に話を戻そう。
遠い煙が白瓜抱いて昇るらん
この「煙」に「飯尾宗祇の煙」を重ね合わせるならば、「白瓜」には「白骨」の面影があるといえそうである。青空を背景に流れてゆく「煙」。その「煙」はさっきまで白骨を抱いていたのだ。そう思うと自然に「煙」に「骨」が投影されて「抱いて昇る」と実感されたにちがいない。安井浩司の俳句を観念の産物として捉える向きもあるようだが、この詩人は案外、実感を大切にしていたのではないかという気がする。もう少し正確に言うと、実感と直感とが交差したところに俳句作品を屹立させることに意識的であったと思うのだ。わたしたち鑑賞者は「言葉」のアクロバティックな運動に目を奪われがちであるが、創作主体の抱いている素朴な実感にもっと思いを馳せる姿勢が必要なのではないだろうか。そうすることで、浩司俳句がとても身近なものに感じられるようになるだろう。
さて、わたしは「煙」について、二つの解釈をお示しした。ひとつは「精液」。もうひとつは「火葬の煙」。かなり異なるイメージだ。前者は一句独立の読み、後者は連作の読み、その違いなのだが、どちらかに固定しなくてもよい。つまり、どちらでもいいのである。解はひとつである必要はないのだ。私たちはどうも一つの解を求めすぎきらいがあるが、いろいろな解を導き出して、その過程を楽しめばよいのである。解を出すことを目的とするのではなく、ああでもないこうでもないと思考(試行)しながら、創作者と対話をするのである。いわば、「読み」の共同作業だ。それが読者と創作者との理想的な関係と言える。
ここで、安井浩司の言葉に耳を傾けてみよう。
命中弾を撃つことは、遠いものへの至近弾を撃つことよりも簡単なのである。私の観察するところ、近代俳句史のなれの果ては、ひたすら‘‘命中;を楽しむ射的の場だけがひらけているようであり、そういう‘‘名手;だけが要請されているようである。(略)撃っても、その場で的に当たったかどうかは簡単に判ってはいけないし、また誰も判りはしないのである。魂とは、つまり私たちの言葉の営為の標的とは、謎と変容にみちた、元来、そういうものではなかったろうか。
(「渇仰のはて」『海辺のアポリア』所収、初出は「俳句研究」昭和五十三年第一八〇号)
命中を楽しむ読みをたしなめている。近くのものに向かって、命中弾を撃てば当たるのは当たり前といえる。そんなことに夢中になってなにが楽しいのか。撃つべき魂は遠くにある。そこに向かって撃つべきなのだ。的中したかどうかは簡単にわかるものではない。それでよいのだ。浩司の作品を読むときに、この姿勢はとりわけ効力を発揮するだろう。なぜなら、彼の作品世界はあまりにも「謎と変容」に満ちたものだから。
煙(けむ)の世の簾を捲けば獏が居る
『霊果』より。「煙」は煙幕のようなものであろう。この世と詩の世界を隔てるカーテンの役割を果たす。その向こうには「謎と変容」が茫漠と広がっている。詩を志すものは恐れずに「簾」を巻き上げるがよい。そこに居る「獏」は詩の世界を司るものだ。さあ、あなたなら「獏」になんと話かけるかー。この句は私たちにそう問いかけているのだ。
6 終わりに
俳句は無位であり、無冠なのである。(略)俳句はあらゆる秩序からも切れていなければならない、そしてなお俳句は俳句自身を仮構する、という恐るべき虚無を抱える外はないことである。
(「海辺のアポリア」『海辺のアポリア』)
ここに安井浩司による俳句論、また、安井浩司論が極まっているというべきであろう。
安井浩司の作品世界は万華鏡に似ている。万華鏡は回し方によってさまざまな世界が生まれ、私たちの目を楽しませてくれる。同じ句であっても、角度を変えると違った解釈をすることができる。安井浩司の句はたしかに難解である。それはイメージと意味の多義性に由来していることが多い。安井はイメージや意味を予め了解したものとして解釈せずに、たえず生まれ変わるもの、変容するものとして作品化した。いわば、言葉の未知なる可能性に賭けたのである。言葉はいつも白紙の領域に生成したといってよい。ならば、私たちは白紙の領域を怖れずに一歩一歩前へ進みながら、その作品世界を鑑賞したいものである。安井浩司の「謎と変容」の世界は、私たちの足下から拓けていくにちがいない。そう信じて筆を擱く。