歩行器
👤満田光生
講話畢へけり青田中搬送
検査室面談署名山滴る
病棟を出づや真向きに青磐梯山(あおばんだい)
抱つこして父立たせけり青田風
牛乳と朝刊父を夏朝日
雲の峰むくり譫妄とふものも
雷火一閃硝子窓が滝
歩行器のぐるり汗袗じつとりと
老健の写真見せをり汗滲む
父居らぬ生家へ祭囃子かな
満田光生「歩行器」10句鑑賞
👤川村五子
▶講話畢へけり青田中搬送
96歳の父上が「平和のための戦争展」で担当した「憲法改正問題」の講話終了後、転倒骨折し、青田の中を病院へ搬送された。この十句は、事柄の成行、落差に驚かされた作品群である。
▶検査室面談署名山滴る
検査室での手続きなども故郷の大自然に囲まれた中でのことである。懐かしい山は青々と滴るように瑞々しい。
▶病棟を出づや真向きに青磐梯山(あおばんだい)
入院の父を残し病棟を出ると、真向いに磐梯山が青々と迫ってくる。会津出身の作者にとり、何より懐かしく親しみ、そして頼れる山の姿なのだ。
▶抱つこして父立たせけり青田風
動けない父を抱え起こして立たせようとする。父を保護せねばの思いに胸を衝かれる。「抱つこ」の措辞が懐かしく、悲しみを誘う。
▶牛乳と朝刊父を夏朝日
不意の療養生活の中にも日常の習慣が顔を出す。朝刊を手にした父を夏の強い朝日が差し照らす。
▶雲の峰むくり譫妄とふものも
立ちのぼる雲の峰の動きに、もしや譫妄などということは、というかすかな不安が頭をもたげる。「むくり」が胸に湧いた暗く重い不安を的確に表現している。
▶雷火一閃硝子窓が滝
この夏から初秋にかけて、台風の影響もあり、雷雨に襲われ、被害を被った地域があった。介護中の外景に雷雲がみるみる広がり、鋭い閃光と共に滝のような雨が不安を煽るように窓に打ち付ける様子を迫力をもって詠われている。
▶歩行器のぐるり汗袗じつとりと
ぎごちなく歩行器を使う父を気遣い、右へ左へ動き廻る。汗袗の下着は父以上にじっとりと濡れ、父本人の懸命さを浮き立たせる。
▶老健の写真見せをり汗滲む
症状の落着いているときは作者同様に教師だった時代の盛んに活躍していた写真などを見せたりする。自慢の写真を常に携帯しているのだろう。それにしても汗が滲む。
▶父居らぬ生家へ祭囃子かな
生家に父不在であっても、祭の季節は巡ってくる。遠くから子どもの頃から馴染んでいる祭囃子が風に運ばれてくる。忘れていた様々な思い出が戻ってきた。