『わたしの一句』『百景共吟』『薄墨桜』鑑賞
👤杉美春

現代俳句2026年9月号掲載 写真提供:奈良文生
戦中の黒き機影か夕焼雲
中村和弘
夕焼雲を機影が切り裂いていく。現在の日本の景色なら、飛行場を飛び立った旅客機か、あるいは訓練のために米軍基地を飛び立った戦闘機や自衛隊の航空機かもしれない。「戦中の」という措辞からは、過去の戦争の残像とも、新たな戦前である現在の景色とも、あるいはウクライナやロシアのまさに「戦中の」戦闘機かもしれない。「黒き」の描写が不安を煽る。不穏な景色ながら、夕焼雲が美しい。

現代俳句2026年9月号掲載 写真提供:須田敏保
九月くぢらよ遥か喇叭を父が吹く
鳥居真里子
不思議な句である。一読して思ったのは、「九月くぢら」って何?お父様はいつどこで喇叭を吹いているの?それに喇叭って何?という疑問だ。調べたところ、9月4日は「くじらの日」なんだそうだ。クジラと日本人の共生を考える日として、一般社団法人日本鯨類研究所が2012年に制定したそうだ。「9(く)」と「4(じ)」の語呂合わせでこの日になった。世界では2月の第3日曜日が「World Whale Day(世界クジラの日)」。米国ハワイ州マウイ島で、クジラを取り巻く脅威や海洋保全への関心を高める目的ではじまったそうだ。それだけ人間にとって「クジラ」は特別な存在なのだろう。
「くぢら」と「父」をつなぐものが、「喇叭」である。クジラは潮を吹く。父が吹くのは「喇叭」である。私の想像にすぎないが、もしかしたらお父上は、第二次世界大戦を戦った方なのではないだろうか。遥か昔の遥かな戦地で、突撃喇叭を吹いたのかもしれない。
尻搏たれ輓馬が仰ぐ晩夏の空
黒岩徳将
輓馬は車や橇などを曳かせる馬。競走馬ではなく、どさんこのようながっしりした農耕馬なのだろう。掲句を読んで、芝不器男の俳句〈麦車馬におくれて動き出づ〉を思い出した。俳句が似ているわけではないが、重い荷車を輓く馬の姿が目に浮かんだのだ。尻を搏たれ、晩夏の空を仰ぎ見る馬の哀れさを思った。字余りのリズムが、輓馬の重い足取りや荷の重さを感じさせて成功している。

現代俳句2026年9月号掲載 写真提供:大澤恵
いっすんも二寸も伸びて昼寝する
ダイゴ鉄哉
気持ち良さそうな昼寝。一寸は3センチちょっと。伸びをしても3センチも6センチも伸びるわけではないが、気分はそんな感じ。丸まった背や膝を伸ばして、健やかないびきも立てて眠っている。「一寸の虫にも五分の魂」「一寸延びれば尋延びる」などの喩えも浮かぶ、楽しい俳句である。