釧路湿原国立公園
👤石川青狼
釧路湿原国立公園が、2027年7月31日で国立公園指定40年を迎えるとのこと。
かつて不毛の大地と呼ばれた釧路湿原は、北海道東部の中心都市・釧路市、釧路町、標茶町、鶴居村にまたがる日本最大の湿原といわれる。低くて平らな、そして広く水気の多い湿った草原である。釧路川・阿寒川の下流に広がった沖積平野であり、両川をはじめ支流群は、湿原内で曲りくねって蛇行している。南北に約36キロメートル、東西に最大約25キロメートルに及び、面積2万余ヘクタールの広大な湿原である。その内、中央域の約5千ヘクタールは国の天然物に指定され、同時に国指定鳥獣保護区、国立公園、ラムサール条約の網も被せられて保全されている。その広さは、東京都のJR山手線に囲まれる地積にほぼ匹敵するという。湿原の水源は、大きな天然ダムの屈斜路湖、阿寒湖、塘路湖などの三つの湖沼があって潤っている。
湿原の景観は、春夏は燃えるような緑、秋冬は素朴な茶褐色を見せて単彩色である。国の特別天然記念物のタンチョウや、氷河時代の遺存種で日本唯一の生息地となるキタサンショウウオ(釧路市天然記念物)やオジロワシなど国指定の絶滅危惧種を含む2千種を超す動植物が生息し、まさに自然博物館の様相である。特に植物は、80%を占める低層湿原の、ヨシ、スゲ、ハンノキに丸坊主状の谷地坊主(ヤチボウズ)を伴い、またミズゴケの高層湿原も分布し、多様な湿原景観が観察できる。
前回、釧路と言えば「霧」それも夏の霧「海霧」の話をしたが、湿原の秋の霧は自ら作る霧とも言われる。夜になると放射冷却を引きおこし、明け方の気温が下がり、日中の太陽の日差しや夏場の温度を蓄積していた湿原と大気の温度差が霧を巻き起こすとのこと。湿原の秋の霧は夜から朝までの一時的なもので、一日中湿原を覆う夏の海霧とは違っている。霧の濃さや太陽の角度、光の強さなど複数の気象条件が揃わなければ見られない霧の虹「白虹」に出会えるかも知れない。
湿原を展望する大まかな地形は、太平洋に面する釧路の街の背後にある湿原の東・北・西の三方を囲んでいる丘陵地から望むのが良い。東の展望地は細岡の丘陵地、西は北斗の丘陵地、そして、北は天然記念物「釧路湿原」の指定地に含まれる宮島崎、キラコタン崎の丘陵地であるが、国の天然記念物として保全されているので、許可がなければ立ち入りできないので、細岡、北斗からの展望が親しまれている。さらに湿原を遠くから展望するのではなく、湿原に立ち入った視野で身近に観察したい方は、北斗展望館から少し北上すると鶴居村の温根内ビジターセンターがあり、木道を歩いて四季の草花を観察することが出来る。では釧路町の細岡展望台から紹介したい。
●細岡展望台と「釧路湿原ノロッコ号」

細岡展望台

細岡駅にて「くしろ湿原ノロッコ号」
細岡展望台へ向かう途中の細岡駅で、ちょうどJR北海道の観光列車「くしろ湿原ノロッコ号」が停車していた。釧路駅から塘路、川湯温泉で折り返す。展望台の窓は普通列車の窓に比べて大きく、走行中も窓を開けて景色を楽しめ、ゆっくりと湿原を堪能できる人気の列車。冬にはSLの湿原号も雪原を走り、時にエゾシカやタンチョウの姿を見ることが出来る。
細岡展望台は湿原の中を大きく蛇行する釧路川と阿寒の山々を一望できる人気のビューポイント。景勝を堪能したら細岡ビジターズ・ラウンジで休憩できる。
●北斗の釧路市湿原展望台とイトウ

釧路市湿原展望台 撮影:西村奈津

北斗のサテライト展望台 撮影:清水健志
釧路市湿原展望台は毛綱毅曠氏の設計で湿原に群生する谷地坊主をモチーフにした展望台。屋上から雄大な景観を堪能できる。さらに、1周2.5キロメートルの散策木道もあり、サテライト展望台からは、アフリカのサバンナのような広大な景観を間近に感じることができる。
1989年8月27日に釧路オリエンタルホテルにて、第3回釧路湿原国立公園を詠う全国俳句大会並に釧路俳壇百年祭を開催し、講師の金子兜太氏と阿部完市氏ら海程同人十数名が来釧。翌日の28日には台風接近の影響もあり、展望台で風雨の湿原を見る。その後釧路市内にて歓迎句会を開催。
暴風雨原展望館の暗(あん)にイトウ
金子兜太
暴風雨原観望館の暗(あん)に伊富魚(イトウ)
金子兜太 句集「両神」
兜太は後日「展望館」を「観望館」、「イトウ」を「伊富魚」と漢字で表記。
釧路湿原を代表する魚のイトウ。すっかり幻の魚といわれて久しいが、本当に幻になりつつある。かつて、シラルトロ沼や塘路湖では2メートルに及ぶイトウがとれたという。大型のイトウはカエルやヘビさえも捕食するという貪欲さで、そのためか、魚偏に鬼という漢字を書く。「カンボウカン」の響きとともに「伊富魚」としたところに釧路への挨拶句としての温もりを感じた。
●温根内ビジターセンターと谷地眼(ヤチマナコ)
さて、北斗の展望台から北へ行くとすぐに温根内ビジターセンターがある。ここは釧路湿原を散策できる2キロメートルのバリアフリー木道があり、湿原特有の動植物を間近に感じられ、釧路市湿原展望台の遊歩道へも通じている。夏には蛍を観察できる人気のスポット。

温根内ビジターセンター

温根内ビジターセンター 木道の谷地眼
木道の横に5メートルほどの棒が置かれてあり、谷地眼と呼ばれる水溜りの深さを体験することができる。もちろん落ちると危険なので要注意である。谷地眼はヨシ・スゲ湿原の中で、水面に陽の光があたりきらきらと輝いてまるで「湿原の瞳」に見えることから、「ヤチ(谷地)」「マナコ(眼)」と呼ばれるようになったとのこと。川や湖沼が次第にヨシやスゲ類に覆われて行く中で、植物に埋まりきらず、つぼ型に残った水溜り。棒を挿してみて2メートル以上の深さはあった。もちろん深さを確認した後は棒を元に戻している。
2015年8月の大雨では、釧路湿原が東京ドーム約17杯分(約2,100万立方メートル)もの水を一時的に貯留し、下流の釧路市街地への出水被害が大きく軽減されたとのこと。まさに天然の巨大な貯水槽である。また近年の問題では、湿原の周辺でメガソーラが設置され、2025年10月に「ノーモア メガソーラ宣言」をして、「釧路市自然と太陽光発施設の調和に関する条例」が施行された。湿原の存在は大きい。貴重な動植物とともに、そこに住む人の暮らしも豊かでありたい。
●鶴に選ばれた鶴居村

鶴見台
最後に釧路湿原のシンボルでもあるタンチョウの名前を持つ鶴居村の紹介をして終わりたい。温根内ビジターセンターからさらに北へ行くと村の入り口に鶴見台がある。給餌場のひとつである。看板には「鶴に選ばれた鶴居村」と書かれている。明治中期には一時絶滅したと考えられていたが、その後鶴居村の湿原で10数羽再発見され、地元の人々による献身的な給餌活動などがあり、生息数は年々増加傾向にある。当日は給餌場ではなく、近くの畑で憩っていた。鶴見台や伊藤タンチョウサンクチュアリなどの給餌場には毎年12月から3月頃まで餌を求めてタンチョウが来る。やはりタンチョウは雪原が映えるようだ。
細岡、北斗、温根内の順で、「ぶらり湿原巡り」となった。
<参考出典>
自然ガイド 釧路湿原 杉沢拓男 北海道新聞社
新版 釧路湿原 釧路市地域史料室編
釧根歳時記 釧路市史編さん事務局・NHK釧路放送局編