第1回ポリネシア俳句大会受賞作品鑑賞⑥
👤マブソン青眼

マルキーズ諸島に住んでいた頃、友人の娘さんが踊ってくれた「ハカマヌ」(鳥の舞)

‘Ō’u māmā
Tiare ‘ū’ā vai hī
Tō pūai

Viriamu Eimiri, Polynésie française, Tubuai

お母さん
空っぽのティアレ
力満つ

フランス領ポリネシア・オーストラル諸島・トゥブアイ島 ヴィリアム・エイミリ作(12歳)
(マブソン青眼&Moana’ura Teheiura訳)

第1回ポリネシア俳句大会(子供の部、ポリネシア諸語部門)最優秀賞。

この句を訳すには苦労した。
マルキーズ語あるいはタヒチ語なら2、3度読み返せばたいていの意味が解るが、このヴィリアム君の句の場合は、フランス領ポリネシアの中でも最南海域に位置するオーストラル諸島(フランス政府がかつて核実験を強行したムルロア環礁から約500キロ離れた諸島)のトゥブアイ語を理解しなければならなかった。

共に「第1回ポリネシア俳句大会」の選考委員を務めたポリネシア文化研究家のMoana’ura Teheiura先生に大変お世話になった。
すると、その句を読むと、なんという平明な、無垢にして深い句なのだ!
たまたま、私がここ3年前から提唱している「五七三」(無垢句)のリズムなのだ。
句意もいい。
ポリネシアの最も有名な花といえば、甘くて強い香りを放つ純白の小花「ティアレ」。
そのティアレの一輪をどこかに置くだけで、周りの空間すべてが突如一変したかのように、花香に満たされ、世界が花一輪のものとなる。

そういえば、母の愛さえあれば、他に何も要らないと詠んだ俳人はもう一人いる。
それは、3歳で実母を亡くし、そのあと江戸へ奉公に出され、そこで初めて海を見たという日本の俳人「小林一茶」。

亡母(なきはは)や海見る度に見る度に
   (無季句、「七番日記」文化9年)

一茶が見ていた海の奥の奥の奥には、当時も、ポリネシアがあった。
掲出句の作者・ヴィリアム君のひ・ひ・ひ・ひお爺ちゃんは多分、フランス軍がやって来る前の、辛くても幸せな生活を送っていたのだろう…。
私は30年前に、一茶研究のためにフランスから日本に移住した。
日本在住が25年になったころ、日本の師匠・金子兜太とフランスにいる父の死に際して、師が「俳諧自由」を獲得したという南洋の島々に住みたいと思った。
それで、その縁でポリネシアで初めて、そして今のところ唯一の俳句大会が開かれることになり、私がその「審査委員長」を務めることになった。
また、ヴィリアム君が話者3,000人弱の母語で作った母思いの俳句を最優秀賞に選ぼうと私は思った。
賞品は、スポンサーになってくれたエア タヒチ ヌイ国際航空のチケットだ。
約30万円相当。
君は、それをどのように使ったかな。
日本にでも来たのだろうか。
ロス、あるいはパリへ行っただろうか。
それとも、もしかするとお母様に、病院通いのためのトゥブアイ島=タヒチ島往復便のチケットを10枚プレゼントしたのだろうか。
お母さんが、君の島の近くで行なわれた核実験のせいで癌を患っていないといいのですが。

ヴィリアム君、私のように「詩人になろう!」と野心を燃やして旅をするのもいいけど、お母さんの島の花と鳥の魂(マナ)をいつまで忘れないでね。

光子一個ずつ追いかけてヒバリ
             青眼