桜の枝に遅すぎたねぎらいを
👤中嶋憲武

キャノン310XLで撮影中の筆者(1982)

8ミリフィルムには、シングル8(エイト)とスーパー8(エイト)とがあって、私は断然スーパー8派だった。
海外などでは、レギュラー8も存在したようであるが、当時の8ミリ少年たちにとっては、富士フィルムを代表とするシングル8派か、コダック、アグファなどを代表とするスーパー8派に、大体二分されていた。
サクラカラー製品のスーパー8フィルムもあったが、発色が気に入らず使わなかった。
この8ミリというのはフィルムの横幅のことで、他に16ミリ、35ミリなどがある。
劇場用映画は35ミリが一般的で、いわゆる自主映画は8ミリが主流を占め、16ミリは費用や撮影機材の問題からか、学生の間ではごく稀に使われていて、「16で撮った」と聞くと、一歩プロへ前進したかのような幻想を抱かせ、畏敬の念を持った。
体育館に集まって観させられるような、低予算の教育映画などは16ミリで撮られていた。
「いつかは35(サンゴー)で撮りたい」という切ない願いは、どの8ミリ少年の胸底にも、じっと秘められていたと思う。

わが大学の映画研究部は大林宣彦を筆頭に、続々と映画監督を輩出して来た名門だ。
映研に入ってすぐS先輩の作品を、美術兼助監督として手伝うことになった。
8ミリ映画界には8ミリ映画界の事情があり、そんな事情など一切知らなかった私であったが、「ぴあフィルムフェスティバル(略称PFF)」というコンペティションが毎年行われるようになっていて、そこで入選となることが35ミリへの入口だということを知った。
S先輩は第3回のPFFで二次審査まで通過し、入選とはならなかったが最終の数本に作品が残ったことで、のちに映画監督となる今関あきよし、現在、手塚プロダクション取締役の手塚眞などと知り合い、新作に今関あきよしにカメラを、手塚眞に科学者の役で出演をお願いしていた。

撮影は至極順調だったが、S先輩の小道具製作の注文は完成度の理想が高く、なかなかシビアーなもので、一向に容赦というものがない。
いつだったか真冬に、花咲く桜の枝を作ってくれと言われたことがあった。
そこで私は、夜陰に紛れて川の土手へ赴き、誰にも見られていないことを確認し、桜の枝を切ってきて、そこに紙で作った桜の花弁を一枚一枚貼り付けて行った。
完全徹夜で撮影当日、当時住んでいた春日部から撮影地の小田急線喜多見まで、なんとか持って行った。
桜の枝は50センチくらい、桃色の模造紙の花弁を数多付けた上へ、クッションのプチプチをそっと巻きつけ、ロール紙で包装したものを、超満員の千代田線で壊さないように抱えて持っていくのは、至難の技と言っても決して大袈裟ではなかっただろう。

撮影場所の喜多見の公園に着き、苦心の桜の枝を包装から解いて差し出すと、周りのスタッフからは歓声が上がるも、S先輩は「お、いいじゃん」と一言。早速、演技者に持たせて撮影に臨んだ。
S先輩はそれ以後も、数々の小道具、特撮用の背景の絵などを注文して来たり、絵コンテを書かせられたりした。
特に褒められたり賞賛の言葉を貰った訳でもない。見かねた周りのスタッフ、と言っても映研の部員だが、からは、ほどほどにしておいた方がいいと忠告されもした。
しかし私はそうして酷使されることになんらかの意義があると感じていて、淡々と注文をこなしていった。

映画はイエロー・マジック・オーケストラの「東風」と「中国女」をフルに使った15分弱のものであったが、撮影に一年ほどかかった。
当時、8ミリ映画の世界では既成の曲を使用することに特別許可も取らず、著作権料などというものに関しては「そんなの、あるの?」と言った態で独断で勝手に使用していたが何処からもクレームを受けたことはなかった。
おおらかであったのだろう。

その映画、「チャイニーズ・エンジェル」の上映会からだいぶ時が経って、S先輩は私の家に遊びに来たいと言った。
どうぞどうぞと受けて、実際に遊びに来たS先輩は、手土産も持たずに来て、私の家で母の作った夕飯を食い、私の家に泊まった。
その夜、映画の話をしていて、「チャイニーズ・エンジェル」にも話が及び、桜の枝の製作の苦心談を話すと、S先輩は大層驚いた様子で「へえ、そうだったのか。大変だったんだな。いやあ、あれ、だいぶ助かったんだよ。ありがとう」とお礼を言ってくれた。
私は黙って煎茶を啜った。

翌朝、S先輩は朝飯を食って帰って行った。
帰ったあと、母が
「あの人ね、あたしが起きてったら、もう起きてて居間でテレビ見てたんだけど、聞こえないくらいちっちゃい音量で、見てんの。笑っちゃって、もう少し大きくしたら?って言ったら、照れながら少し大きくしたの。かわいいね」
と言って笑った。
私も思わず吹き出してしまった。

中嶋憲武
1960年生まれ。東京都小平市在住。
現代俳句協会会員。所属は「炎環」「豆の木」「豈」。
2019年 第0句集「祝日たちのために」。
現在、第一句集を準備中。