子規〈あたゝかな雨が降るなり枯葎〉の解釈をめぐって
👤橋本直

あたゝかな雨が降るなり枯葎
             正岡子規
(高浜虚子選『子規句集』岩波文庫より)

明治23年作。子規初期の代表句の一つで、句中に「暖か」(春)「枯葎」(冬)が同居する。「暖か」の説明は不要だろう。『広辞苑』によると、「枯葎」は「冬枯れした葎」で、「葎」は「八重葎など、荒れ地や野原に繁る雑草の総称。」とある。ところが、角川『合本俳句歳時記』(第四版)では、「葎は金葎のこと」と断定して解説する。一方で、『角川大歳時記』(旧版)の解説(加藤かな文)では、「枯草」とは異なると断りつつ、「カナムグラと名づけられた蔓草と限定せず、枯れたまま物に絡みつく蔓草と考えればいい。」と解説する。つまりこの句には、句の良さを云々する以前に、季の本意はどっちなのか問題と、葎はなんのことなのか問題が存在するようなのである。まずこれを整理する。

山本健吉は『定本 現代俳句』の巻頭にこの句を置いてこの「枯葎」の解説に字数を割き、「今日では特定の種類の草の名とされているが、(中略)特定の種類を考えなくてもよい。」と結論づけている。どうやら、先の加藤の解説は山本の解説を踏襲したものと言えそうである。そして、子規自身の用法はどうであるかと言うと、この句に直接言及はないものの、「道の辺や枸杞の実赤き枯葎」(明治27「寒山落木三」)があるのをみると、特定の植物を意味するものとは思われない。どうも今日では、「葎」は「カナムグラ」と呼ばれる種をさす説があるが、古くは「葎」は特定の種をさす用語ではなかった、というのがこの季語の解釈をややこしくさせているのかもしれない。しかし、ひとまず子規の用法から見て、掲句の「葎」に関しては、先の合本の解説に基づくものは退けるべきであろう。

そして、どちらの季を本意とするのか問題。改造社『俳諧歳時記』、講談社『カラー図説日本大歳時記』、『角川俳句大歳時記』(ということは『カラー図説~』から「基本季語」を精選・編集してある山本健吉編『基本季語五〇〇選』も同様)は、この句を「暖か」(春)、「枯葎」(冬)ともに掲載しているので、一応両論併記なのだが、『カラー図説~』は冬のみに能村登四郞の鑑賞を付しており、冬を本意と見ていると言えよう。これは、先に引いた山本健吉『定本 現代俳句』の解説で「冬の暖雨が降っているさまである。」と述べていることと首尾一貫している。『合本』も、これを踏まえてか、この句は「枯葎」のみ、すなわち冬の句での所収である。

しかし、たとえば大野林火は『近代俳句の鑑賞と批評』において、「山本健吉、楠本憲吉はこの句を「枯葎」(冬)の句とし、蕭条とした風景が冬の暖雨を得て生気(引用者注:山本は「生色」と書く。楠本は未詳)を取り戻すと解しているが、早春の句と解すべきである。「あたたかな雨が降るなり」の感動をこそ受取るべき句である。」と述べていて、筆者も一応これを支持する。昔、初読で春の句だと思っていたところ、山本の解説では冬だというので、「は?」となったのだが、先の大野も引用部分の後に述べていることだけれども、子規の「寒山落木」(所収のアルス版『子規全集第一巻』は大正13年刊行)は、掲句の載る明治23年はまだきちんとした季題別の整理ではないものの、ほぼ制作順とおぼしき新年春夏秋冬の季節順の配列をとってあり、掲句の前後は春の句なのである。もっといえば、掲句の前は12句、掲句の後は11句がすべて春の句であり、そこにこの句だけが冬というのは、非常に考えにくいのである。さらに、高浜虚子も、『俳句はかく解しかく味ふ』(大正7年新潮社)において「葎は枯れてしまつてゐて、春になつたとはいふものゝまだ春が浅いから(以下略)」と、早春の句として解説しており、これら一次、二次資料から実証的な態度で句を読んでいけば、この子規の句が冬の句ではないというのは明らかなのである。俳句の解釈・鑑賞に読み手の読みの自由があるのを否定しているわけではまったくないのだけれども、むしろ、これくらいの基本的なことを調べていないわけがなさそうな健吉の解釈の方法が謎であるとさえ思えてくる。そして、詠んだ側の事実に即すのを基本とするならば、先の『合本~』の記述はダブルでダメ出しをしなければならない。

さて、ひととおりの整理を終えたところで、この句の魅力はどんなところにあるのかについて私見を述べる。大野は、山本説を否定して「あたたかな雨が降るなり」の感動をみるべき、と述べるのだけれども、これは季の判断に引っ張られすぎてはいないだろうか。むしろ、その暖雨と、山本の述べるような、枯葎の中の、生命の発露の兆しあるいは予感のようなものとの呼応が子規の中にあるからこそ、ただ枯れた蔓にあたたかい雨がふる景色を述べたのみに収まらない魅力もつ句になっているように思うのだけれど、如何だろうか。

本稿はセクトポクリット ハイクノミカタ 2022年4月7日 https://sectpoclit.com/hashimoto-79/ に発表したものをもとに加筆・改稿している。