戦争が廊下の奥に立つてゐた
─俳句の訴求力─
👤こうふう
65歳で退職した後、地元の土木業の知り合いに頼まれ地域団体づくりに協力することとなった。安全管理の指導などで現場も回り、工事現場の連中と付き合うようになる。土木作業は機械化が進んだとはいえ、野外での肉体労働だ。現場近くの陰での一服は休憩の定番である。現場回りをしては、休憩中の彼らのもとへもよく足を運んだ。
片陰やうんこ座りの煙草の火
地元での仕事のため通勤に時間を割く必要がなくなり、かなり多くの自分の時間が持てるようになった。地域の「九条の会」へ出入りするようにもなっていた。そうしたこともあり、現場の若い連中に憲法の話を振ってみたりした。案の定、気まずい空気となった。ある工事の打ち上げの呑み会に行った際、インテリジジイ(30%ほどの愛情を込めて彼らは私をそう呼んでいた)の隣に寄ってきた20か30代の者たちが酒を注ぎながら、「戦争になったら、まず僕らが行かされるんですよね。定職があってもそうなりますかね……」と尋ねてくる。
蟻の道憲法語るひとりごち
句会では、70歳を少し越えただけの私はまだ「若輩」とされることが多い。百歳に近い方もおられる。90歳前後といえば1936年頃の生まれ。第二次世界大戦を現地で体験している世代だ。その方々からは、日常生活のなかでの戦争をよく聞かされる。従軍経験はなくとも、戦争というものがすぐ身近に日常としてあったと実感する。
炎天や銃後の街の慰霊塔
学生時代に反戦闘争の経験がないわけではない。1970年代後半に現在の街に住み始めた。近くに極東最大の米空軍・横田基地を抱える福生があり、どこか背徳的な魅力のあるその街にはまり、遊び回っていた時期があった。村上龍の『限りなく透明に近いブルー』の舞台になったといわれる店も健在であった。
ブロークンを酒場で試す夏の宵
句会で出会う卒寿や米寿をこえた人々と「戦争との距離」の違いを痛切に感じる。一方で、工事現場で出会った数十年後に生まれた若者たちとは通底する共通項があるような気もする。そして私は彼らと違い、もう戦争へ行かずに済みそうである。そんな自分の存在に、密かに安堵している自分がいる。
暖簾出て「もう一軒」と風涼し
こんな句を作っては悦に入っている。身の回りの花鳥風月に限らず、暮らしの一コマを切り取って作句し、自分自身を確認することが愉快なのだ。投句しても選ばれず落胆することがほとんどだが、俳句を始めてこうした自慰的な営みが自身の生活を豊かにしてくれているのは間違いない。
ここしばらく、俳句という文芸が持つメッセージ性の凄みについても考えている。身の程知らずにも、そんな俳句にも挑戦したいという思いが芽生えてきた。
そんな折、現代俳句協会の柳生正名氏から、渡邊白泉の
戦争が廊下の奥に立つてゐた
に想いを寄せ、「戦争」を主格とし、「た」を切れ字として使う俳句を集めるという話を耳にした。(現俳ウエブ5、6月号)
募集に応じ7句連作を提出した。最初と最後の句である。
戦争が嚥下のなかをすり抜けた
戦争前夜書斎の机大きくした
コロナ禍が落ち着くのにあわせるかのように、2022年2月のロシアによるウクライナ全面侵攻、そしてイスラエルによるガザへの執拗な攻撃と、世界の惨禍は目に見えて激しくなった。コロナという自然の脅威の前に、権力者たちもしばらくはおとなしくなっていくのではないかと甘い期待を抱いていた。だが彼らにとってコロナ禍は、侵略のための力を蓄える潜伏期間に過ぎなかったのだ。そして今、危惧で終わればよいのだが、この国の政治状況もどこかそれに似てきているように思えてならない。浅学なりによく見て、考え、何か行動を起こさなければと、書斎(というほどの部屋でもないが)に大きめの机を据えた。
2026年2月の衆議院選のポスターが、今も街角に残っている。高市早苗氏の笑顔に
日本列島を、強く豊かに。
とのコピーが添えられている。自民党が3分の2を超える議席を獲得した戦後最大の圧勝劇が世を駆け抜けた。一時的な陶酔が確実に生じたが、今はその虚しさが露呈し始めている。しかし権力政治はその一瞬を見逃さず、「国家情報会議設置法」をはじめとする管理システムの強化を着実に推し進めた。
日焼けしポスターの笑み動かざる
法の是非はここでは割愛するが、選挙以降というよりも、いつ頃からか続くこの息苦しさの中で人々の防衛本能が働き、渡邊白泉の句〈戦争が廊下の奥に立つてゐた〉が静かな警告として現代に蘇ったのではないか。
俳句は、わずか17音の言葉を遊ばせながらも、映像を用いて意味を解き、時代の空気が流れ込む余白を残す。白泉は一言も政権批判をしていない。ただ「廊下の奥の暗がり」という不穏な映像を提示することで、読み手に急進的な政治や「新しい戦前」の足音への不安を重ね合わせるのだ。
俳句という文芸は、句会や投句というある種の共同作業を伴いながら、直截的な政治コピーの一発性とは異なるアプローチで共感を模索する。人間のOS(基本ソフトウエア)に、じんわりと響かせようとする文芸なのではないか。
土木作業の暑さにうんざりしている連中にとって憲法論議は鬱陶しいだけかもしれない。戦争を経験している人にとっては、身の痛みを伴う日常の記憶として戦争はある。理屈では反戦を充分に理解しつつも、戦争に引きずられた背徳的な非日常に魅力を感じてしまう人もいる。戦争という言葉に対して、人々はあまりに多種多様な感覚を持っている。ただ確実にいえることは、今という時代は、改めてすべての人々に「戦争」という言葉が突き付けられているということだ。
佳句など望むべくもないが、俳句をかじった行きがかり上、自慰的な楽しみで悦に入るだけでなく、この時代の息苦しさに対して、静かで熱い問いとなり、誰かのOSに届くような句を詠んでみたい。その意欲を持って俳句に向き合いたいと思う今日この頃である。