睡蓮
👤木村聡雄
水から引き抜いた
言葉は
睡蓮
ベン・ガー
Pulled out of the water
the word
lily
Ben Gaa
この句を読めば誰でもモネの睡蓮の絵を想像するに違いない。しかしながら、この作品は「睡蓮」の花そのものを語ってはいない。その「言葉」に関する一句なのである。ジヴェルニーの村のクロード・モネの自宅の睡蓮の池は今では人気の観光地となっているそうだが、おそらく作者はどこかの池で睡蓮を目にして、その美しさや清らかさが強く印象に残ったのだろう。俳人なので、もしかしたらすぐさま俳句が浮かんできたかもしれない。(そしてそれがこの句である可能性が高い。)一行目には「水から引き抜いた」とあるが、それは実際の花ではなく「言葉」であるという。言うまでもなく俳句は言葉で作るので、花が浮かぶ池の光景から、「睡蓮」という言葉を心の中に収めて自分のものとしたわけである。そしてこのような生き生きとした一句が生まれたのだろう。
ところで、引用句において「睡蓮」という英語表現はやや不思議に感じられるかもしれない。ご存じのように”lily”とは本来は百合であって、ユリ科の植物はこの句の睡蓮とは違うものである。睡蓮は英語では”water lily”である。したがって作品を文字通りに解釈すれば、「水から引き抜いた/言葉は/百合」となる。しかしながら野山に咲く百合だとすると、水から引き抜くことも不自然だし、モネを遠く思い浮かべる一句としては成立しない。一行目に“water”があるので三行目ではあえてこのように省略しているのである。この短い一語によって一句が完結したと言えるだろう。
〈注〉
百合とは全く違う植物なのに、睡蓮はなぜ英語では”water lily”なのだろうか。辞書によれば、この語は近代(十八世紀以降)の植物学的分類よりはるか以前に定着したためとされ、専門家は学名で区別するので混同することはないそうだ。特に”lily”という語は千年以上も前から使われていて、その後、睡蓮は水辺に咲く百合のような可憐な花だとして”water lily”と言われた。同様のほかの例として、「谷間の百合」”lily of the valley”と呼ばれる花も百合の仲間ではなく、我々がよく知っているスズランである。
(俳句和訳:木村聡雄 Haiku 21.2, ed. Lee Gurga & Scott Metz, Modern Haiku Press, 2025)
[Water Lily Toshio Kimura]