
🏆第81回現代俳句協会賞
対馬康子
受賞句集『百人』自選30句
百人
永遠のあとの空っぽへと雪が
ビロード革命大聖堂前に雪
風の名の多き琉球月の海
鳥影よアジアの霧の階昇る
柿の実や言葉すべてに被曝して
妻でなく母でなく午後のアネモネ
それぞれの谷にそれぞれのゲル星流る
人間の水を貫く天の川
生き残るとは息のこること初桜
百人に死は百通り薔薇の香水
すれ違う時計の針や泳ぎ着く
秋蝶や水より分かれ来る焔
滝の前みな脊椎を光らせて
心臓の半分は夜雁の声
ひかりのように解ける数式春一番
今は亡き西夏を呼ぶは夕雲雀
猪食うや有無を言わせぬ山の闇
桜蘂降るときどきは鉄のひびき
予言の書春の氷をめくりけり
八月の碑(いしぶみ)たましいの密度
補陀落へ否定の蝶を連れて行く
いくたびも世に新しき雪の降る
母郷までゆく綿虫の帆なりけり
ホッチキス滝はどこまで綴じられる
木の実降る声がことばとなる子ども
淡雪や陸が近づくように夜
東京の西日は猫の舌ざわり
群衆の孵化の始まる蟬しぐれ
鳴き昇るひばり一木一墓標
抱くときは素手でなければならぬ月
◆対馬康子第五句集『百人』論
─ブルー・シャトウ─
👤西村我尼吾
対馬康子が第81回現代俳句協会賞受賞の報を聞いたのは病床であった。
百人に死は百通り薔薇の香水
『百人』という句集を考えるとき、この一句を避けて通ることはできない。人が百人いれば百通りの人生がある、というだけではない。「死」もまた百通りだという。死を抽象的な普遍へ回収せず、一人一人の死を交換不能なものとして見つめる。その死の個別性の果てに置かれるのが「薔薇の香水」である。死という観念が、最後の瞬間に香りという身体的な感覚へ転ずる。ここに特有の跳躍がある。
『百人』のあとがきにおいて、俳句は「内面の具象」と記されている。これは彼女の作家性を理解する決定的な言葉であろう。対馬康子の俳句では、観念を先に置き、それを技巧によって一句へ加工するのではない。言葉以前の心の深部から、まず一つの像が立ち上がり、言葉はそのあとから来る。それは、実はすべての俳人がすでに経験していることであるが、彼女はこの半世紀愚直にそれを俳句形式に書きとめようとしてきた。
永遠のあとの空っぽへと雪が
「永遠のあと」など、論理的には見ることのできない時間である。まして、その先にある「空っぽ」を見ることもできない。ところが、それが見えている。そしてそこへ雪が降る。「永遠」「空っぽ」という抽象語が、雪によって一挙に風景となる。これは観念の説明ではない。心の深部に生じたものが像を結び、言葉として現前するのである。「内面の具象」とは、そのような俳句生成の瞬間を指しているのではないか。
しかし、その「内面」は自己の内部に閉ざされてはいない。あとがきに「百世、百慮の一人一人の俳句人生とつながり合いたい」と記している。「百人」とは群衆ではない。一人、一人、さらに一人と、固有の生を生きる者の集積なのである。だから「百人に死は百通り」となる。自己の最深部へ降りてゆくことと、他者へ向かって開かれることが、対馬においては逆方向の運動ではない。深く内へ入るほど、そこに他者が現れる。
その歩みには、すでに一つの公的な節目があった。2015年、第四句集『竟鳴』刊行を契機として、俳人としての活動とアジアでの俳句指導等が評価され、山中伸一前文部科学次官、川本皓嗣東大名誉教授が同席し、対馬は文部科学大臣表彰を受けている。受彰者は2013年は茶道の千玄室、2016年は落語の桂歌丸であった。 表彰後の恒例の懇談で下村文部科学大臣から「俳句の翻訳は可能か」と問われたという。
そして、2026年7月17日、その問いは思いがけないかたちで新しい場所へ開かれた。第二句集『純情』の代表句の一つ、
いつもかすかな鳥のかたちをして氷る
康子
が、バンコクで開催されたASEANと日本の循環産業の未来を論じる大規模な国際シンポジウムで配布された基本報告書の表紙を作成するする原像となったのである。掲句は表紙に視覚化され、さらに、
Being—
Ever-ambient
Birding, Crystallizing, Quickening.
と英訳された。一句はもはや日本語の17音の内部だけにとどまってはいない。言葉から像へ、日本語から英語へ、そして俳句という文学の領域から、まだ姿を現していない循環産業の未来を構想する国際政策の領域へと渡っていったのである。かつて下村文部科学大臣から問われた「俳句の翻訳は可能か」という問いに対して、ここでは翻訳とは単なる言語の置換ではなく、一句の内奥に生まれた像が、異なる言語と文化、さらには異なる知の領域において再び生き始めることなのだという、一つの答えが示されているように思われる。
2015年の文部科学大臣表彰が、俳人としての活動とアジアにおける俳句実践を含む社会的・文化的評価であったとすれば、11年を経た今回の現代俳句協会賞は、『百人』という一冊に結晶した詩的達成への評価である。
私は2026年「麦」の6月号に『百人』論を執筆し、康子俳句を長く覆ってきた「特異な感覚」「幻視」「奇想」という評価に対する疑問を書いた。そこでいう不可思議さは、通常結びつかない言葉を意識的に結合する奇想から生まれるのではない。すでに述べたように、意味によって世界が整理される以前に、すでに何ものかが一句として成立している。その成立を私は、作者自身の言葉を借りて「内面の具象」と考えた。私はこの受賞を、「麦」6月号で提出した私の問いに対する、現代俳句そのものからの一つの回答として受け止めている。対馬康子を「特異な俳人」として論ずる時代は終わった。より正確に言えば、対馬が特異でなくなったのではない。「特異」という言葉に対して、現代俳句協会が真正面から向き合って、答えを出してくれたことに深い敬意と勇気を感じている。
今回の受賞によって明らかになったのは、現代俳句協会賞が連綿と明らかにし続けてきた俳句の典型に対馬康子が加えられたということだ。典型とは平均ではない。ある形式が潜在的に持っている可能性を、最も純粋に、最も深く露出させる存在をいう。
では『百人』は、現代俳句の何をそこまで鮮明に露出させたのか。いくつかの例を示すことにしたい。
人間の水を貫く天の川
ここで人間と宇宙が一つになるわけではない。「人間の水」という身体内部の存在と「天の川」という宇宙的存在との尺度は、あまりにも違う。普通なら両者を結ぶためには比喩が必要になる。しかし対馬は説明しない。「貫く」の一語によって、異なる二つのものを異なるまま接触させる。人間が宇宙へ溶けるのでも、宇宙が人間の象徴になるのでもない。異なる尺度をもった存在が、関係だけを突然成立させる。
滝の前みな脊椎を光らせて
もそうである。滝と人間は一体化しない。滝は滝として落下し、人間は一人一人の身体を持って立っている。しかし滝の垂直な白と、身体内部の脊椎という垂直な軸とが、「光らせて」によって一瞬のうちに関係を結ぶ。このとき重要なのは「みな」である。「みな」は個を消して群衆にする語のように見える。しかし一人一人には一本ずつ脊椎がある。「みな脊椎を光らせて」と言われたとき、人間は無名化されながら、逆にそれぞれ一本の固有の身体軸をもった存在として立ち上がる。
ここにも「百人」と「百通り」の構造がある。
柿の実や言葉すべてに被曝して
ここで被曝するのは作者ではない。「言葉すべて」である。広島、長崎という歴史的出来事を作者が主観的に詠んだ、と読むだけではこの句を捉えられない。被曝という出来事を通過した後の世界では、われわれの言葉そのものが無傷ではあり得ない。「柿の実」という一個の具体と「言葉すべて」という巨大な領域が一句の内部で接触し、歴史が現在の言語へ入り込む。
八月の碑(いしぶみ)たましいの密度
「碑」は過去を記録する物体である。しかし「たましいの密度」と置かれた瞬間、碑は単なる記念物ではなくなる。そこに集積している無数の死者の時間が、物質の密度のように感じられる。対馬において死者は過去に固定されない。現在の内部に存在している。ここまで来て、「百人」という題が初めて十分な意味を持つのではないか。百人とは、生きている百人だけではない。すでに死んだ人もいる。歴史の中に消えた人もいる。遠い土地に生きる人もいる。まだ言葉を持たない子どももいる。
そして、
木の実降る声がことばとなる子ども
声が言葉になる、その瞬間まで『百人』は射程に入れている。私はこの句を、対馬康子の詩法そのものを語った句としても読みたい。「声」が先にある。「ことば」は後から来る。対馬の俳句もまたそうではなかったか。世界が先に現れる。言葉は後からそこへ追いつく。「内面の具象」とは、その意味で、完成した意味を言葉によって表現する方法ではない。まだ意味になっていない世界の生成に、言葉が間に合うことである。
しかし『百人』は、さらにその先へ行った。言葉が世界に追いついたところから、その言葉が今度は他者へ向かって開かれてゆく。内面の具象が、関係の生成へ転ずる。これこそ、『百人』が対馬康子の俳句史において持つ意味であり、今回の現代俳句協会賞が照らし出したものではないかと思う。
そして私は、この句集を現在読み返しながら、一つの古い歌を思い出した。ブルー・コメッツの「ブルー・シャトウ」である。そこにも薔薇の香りがあった。なぜ半世紀以上前に聴いた歌が、いま突然記憶の底から浮かび上がったのか。
百人に死は百通り薔薇の香水
この句に触れたからである。香りとは不思議なものである。目に見えない。形もない。しかし一瞬にして過去を現在へ連れ戻す。「ブルー・シャトウ」を作曲した井上忠夫、後の井上大輔は、自死してすでにこの世にいない。しかし作品は残った。そして「薔薇の香り」という一語が、長い時間を越えて私の内部に残り、対馬の「薔薇の香水」に触れた瞬間、再び現れた。ここで私は、『百人』という句集について考えてきた「関係」が、単なる理論ではないことに気づく。作品は人と人をつなぐ。しかも同じ時代を生きている人間だけをつなぐのではない。
◆対馬康子『百人』一句評
木の実降る声がことばとなる子ども
👤黒岩徳将
はじめにことばありき?聖書には「言葉は神」とも書いてある(聖書の「ロゴス」をどう訳すか?という問題もある)。でも、目の前の子どもには、ことばの前に声がある。言葉が意味とつながり、発声によるバーバルコミュニケーションが始まる。
外国の大学で演劇の授業を受けたとき、意味を持たない言葉「gibberish」を用いることで感情表現を豊かにするトレーニング法を知った。ある意味言葉は感情を抑制する。言葉を使うことで、子どもは大人への一歩を踏み出すのかもしれない。それが「進化」なのかは捉え方の問題でもある。
木の実が頭上から降ってくるリアルタイムの劇的なシーンは体験したことがない(体験してみたい!)。しかし地面にはドングリやクヌギやブナの実は転がっていて、多くの動物が生きながらえるためにそれを集めて食う。その巡り合いは、子供がどこで覚えてきたかわからない言葉を習得してきていつのまにか使いこなすのと少し似ている。「木の実降る」は生命の根源に触れた衝撃と、人間の隠された発育の神秘を詠いあげた季語である。
補陀落へ否定の蝶を連れて行く
👤鈴木光影
「補陀落」は、観世音菩薩が住むとされる伝説上の山。「否定」は、仏教において二分法を超克する「空」へ至る道程であろう。つまり、仏教では第一に私という執着を否定する。しかしそこで終わってしまったら、この世界の全てが虚しく思われてしまう。第二に、否定したことをさらに否定するのである。このように否定し尽くしていく先に立ち現れるのが、「空」の境地であろう。
また中国古典『荘子』の「胡蝶の夢」の物語で、自分が蝶になった夢を見ていた荘周は、目が覚めて、自分が蝶の夢を見ていたのか、蝶が自分の夢を見ているのか分からなくなる。そこに、夢と現実、生と死の分別は無い。
「否定の蝶」と共に補陀落へ行くという幻想に、仏道修行中の旅人の姿、そして世界を舞台に無心の俳句の旅を続ける作者の姿が重なる。
眼帯の夜は白鳥の香をまとう
👤佐藤文香
目の治療をしたあと、片目に眼帯を当てて帰る。見える景色は大きく違わなくとも、奥行や視野が欠けた心細さを抱えて過ごすことになる。
眼帯は白いが、眼帯を当てている目にその白さは映らない。ただし、他人から見た自分は、顔面に白いガーゼを有している。鏡を見るたび、そのことに気づき直す。
見えている方の目もつむると、一羽の白鳥が姿をあらわす。イメージの白鳥はイメージの香を立ち上げる。清らかで甘美で、悲しい香り。白鳥というのは、あの完成された姿に、いくつもの傷を抱えている。
眼帯の内まで、夜が来ている。私のあかい涙が、じわじわとガーゼを汚している。
ひとりごとばかりがぎゅっと煮凝りぬ
👤浅川芳直
非空非実の一句、という感想がまず口をつく。煮凝りといえば、煮魚の汁のコラーゲン質が冷えて固まったものだが、ひとりごとを寄せてそのまま凝ってしまったのがこの煮凝りである、と、ひとまずは字義通りに読んでみよう。とするとこれはどういうことであろう。家族が出払っている昼間、ひとりごちながら台所にいるのだろうか。私の読みで突き進めば、これは店屋物ではなく家庭料理。そして、台所は一人になれる数少ない場所でもあるのかもしれない。現実に眼前にあるのは料理としての煮凝りなのだが、冷え固まった煮凝りには、家庭のこと、文筆のことなどを思いながら魚を煮た時間も寄せ固められている。いわば心の真実として、ひとりごとが煮凝っているのだと思う。ぎゅっと胸を摑まれるような一句である。