🏆第81回現代俳句協会賞
鈴木牛後

受賞句集『鄙の色』自選30句

鄙の色

牛の胃を餌の巡れる去年今年
春来る尾の有るものに無いものに
白樺の樹皮のしらりと春雪光
冴返る流産の仔の錆色に
春泥に靴を取られて取りかへす
仔牛の舌ぴくと春日の外陰部
母牛の喰らふ春闇色の胞衣
牛とたんぽぽ夕暮がもうすぐ届く
春銀河濁る捨乳流れゆくか
牛道に死してまだ蛾の形である
我らみな緑の呼吸(いき)をして辺境
青草を刈るや青人草として
蟻の巣の蟻に無数といふ昏さ
牧牛の夏我が尿のまづしさよ
うつとりと蛾の翅の朱の深呼吸
牛の餌に黴その明色を捨てる
黒牛に黒い反芻熱波来る
露に牛追ふ棒切れも露に濡れ
鹿の屍を穿る鴉の芯まで黒
人は世に飼はれてはるか天の川
火を恋ひぬ深林の一木として
牧閉す牛の蹄の皺堅く
万世一系綿虫一匹の軌跡
吹かれをる枯蜘蛛足八本無欠
監視カメラのあらゆる死角までふぶく
一裸樹に還る白炎吐き尽くし
雪が降る空が剝 がれてくる眠る
冬深む家は個人史ごと崩れ
大寒や武器の前駆として鎖
雪の夜の牛の眼の底知れず

◆鈴木牛後句集『鄙の色』解題                       
「優しさのルビ」と「離郷」
👤橋本喜夫

日頃ルビもレトリックのひとつだと思っている私は「ルビ俳句」なるものを提唱している。ルビ俳句には二つあって、「攻めのルビ」と「守りのルビ」。前者はルビをつけることでより詩的昇華を目指したルビ。後者は別名「優しさのルビ」であり、読者が誰であっても読めるようにつけるルビだ。本句集は全編、「優しさのルビ」を付けた稀有な句集と言えよう。つまり俳句初心者または俳人以外の読者にも利便性を図ったものだ。少しでも多くの読者に読んで欲しい、願わくば俳人以外にも・・という作者の作家魂がこの「優しさのルビ」を選んだ理由だと思う。本句集全体を通して、全句集『にれかめる』と比較したとき、どちらが読みやすいだろうか。素人にはとっつきやすく、読みやすい句集かもしれないが、俳人にとってはどうであろうか?私には手ごわい句集に思える。

前句集の『にれかめる』は牛飼い牛後の日常生活と冷静な生命観、そして下川の大自然を詠んでいて安心してその世界に没入できた。今回は北海道を去るまでの最後の5年間の句集であり、牛後の心のどこかに北海道を離れること、そして牛飼いという仕事から手を引く事をすでに考えていたはずだ。従って牛飼いとしての職業詠は沈潜し、洗練されて見事であるが、どこか己を俯瞰的に見ている感じがする。牛以外の小動物への暖かいまなざしや、飄々とした日常詠も十分楽しませてくれるのだが・・・・。どこか心裏腹という気がしないでもない。我々はその後彼が離郷し、本州へ引っ越すと言う事実を知っているからかもしれない。実際の句を鑑賞してゆこう。付箋を付けた句が113句もあり、その全てを紹介しようものなら、ページが嵩むので、三十句ほどに厳選した。それらを私なりに分類して列挙すると

(1)牛や牛飼いという仕事と関連する句群
(2)北方季語あるいは北海道を意識した句群
(3)作者牛後の死生観がよく出ている句群
(4)小動物を素材とした句群
(5)社会詠をふくむその他の日常詠

となる。
これらの句群は私の恣意で選んだ句をただ分類しただけなので、どうしても数に偏りがみられるが、それぞれ(1)~(5)について私なりの鑑賞と解説をしてみたい。

(1) 牛や牛飼いという仕事と関連する句群

春遠(はるとほ)し仔(こ)牛(うし)が母(はは)を呼(よ)ぶこゑも
牛(うし)とたんぽぽ夕暮(ゆうぐれ)がもうすぐ届(とど)く
黒牛(くろうし)に黒(くろ)い反芻(はんすう)熱波(ねつぱ)来る
牛(うし)の尿(しと)やがては花(はな)となる花野(はなの)
雪(ゆき)の夜(よ)の牛(うし)の眼(まなこ)の底(そこ)知(し)れず

角川賞作家である作者は牛の句に関しては前句集『にれかめる』から定評があり、佳句を上げれば数限りなくなってしまうが、ここは私好みの5句を選んでみた。

1句目。「春遠し」の句はまさに仔牛が母牛を呼ぶ声にスポットをあてて、「春遠し」の季語を際立たせている。「春近し」でないところに注目すべき句。
2句目。「牛とたんぽぽ」は確か五十嵐秀彦が言及していたと思うが、『にれかめる』収載の名句「牛死せり片目は蒲公英に触れて」をどうしても思い出させるが、この句はまったくフレーバーが違う。鈴木牧場の春駘蕩の夕景をあたたかく詠み込んでいる。
3句目。「黒牛に黒い反芻」の句は、黒牛が永遠に続くような反芻をしている景に焦点を当てて、もうすぐ来るはずの熱波と言える猛暑の不気味さと厳しさを予測させる。
4句目。「牛の尿」の句は、牛の糞尿がまさに土壌の栄養になると聞くし、牛が草を食べつくしたとしても牛の糞尿を栄養にしていつしか美しい花野になることを確信している。
5句目。「雪の夜の牛」の句は句集の掉尾を飾る句であり、静謐な雪夜の牛の目を凝視して、もうすぐ牛飼いを辞める作者は一体何を思ったのか。「底知れず」であるから、生命の深淵さとか、命という存在の果てしない深さを体感しているのかもしれない。今現在どんな職に就いているかが問題ではない。今後も牛飼い牛後は存在し、牛と長い時間を共にした事実は事実として存在し、ますます牛飼いの句は沈潜してゆくと思われる。

(2) 北方季語あるいは北海道を意識した句群

根(ね)明(あ)きして生(い)きてゐるものゐないもの
鳴(な)るトタン笹(ささ)起(お)きてすぐ揺(ゆ)れはじむ
特(とつ)急(きゆう)サロベツ行(ゆ)き先(さき)はちちろの野(の)
雪(ゆき)の汽(き)車(しや)見送(みおく)り雪(ゆき)の空(そら)残(のこ)る

1句目。「根明き」の句はやはり北海道や雪国ならではの季語であるし、これらを積極的に詠むべきと作者も思っているに違いない。木の幹の根元の雪が解けてドーナツ状に溝を作り出す現象だが、まさにそれを産み出す熱エネルギーは生物だけでなく、枯草や虫の死骸たちまでもが織りなす総合的な営みであることを詠む。
2句目。「笹起き」の句。「笹起きる」も北方季語だと言える。春になって雪が解けて、雪の重みから解放された笹が立ち上がる音である。実際には少し溶け残った雪が笹が起きることによって、落ちる音なのかもしれぬ。「トタン屋根」は北海道の貧乏くささの象徴かもしれない。錆が入って釘が抜け、春の強い風に煽られてバタンバタンと音を立てる。継続して吹く北国の春風は今度は折角雪の重みからフリーになった笹を揺らし始めるのだ。
3句目。「特急サロベツ」の句は余言でも鑑賞した覚えがある。特急宗谷が札幌起点で稚内を繋ぐもの、特急サロベツは旭川起点で稚内を結ぶ列車である。作者は札幌、旭川の句会に参加するときもいつも利用していたはずだ。行き先は蟋蟀が鳴き騒ぐ原野である。
4句目。「雪の汽車」の句。雪の駅舎で作者は友人あるいは家族を見送った。雪を満載した雪の汽車に乗って皆、雪の駅舎を旅立ってゆく。残された作者には雪の駅舎と雪の空だけが残るわけである。雪深い北国に棲む人間なら共感できる淋しき情景だ。これらの句は何となくすでに北海道にいない己を想定しつつ、なるべく北海道および北方の季語を詠み、この地に残して行きたいという牛後の決意や、どこに越しても北方季語を大切に、そして客観的に詠まんとする意図が感じられる。

(3) 作者牛後の死生観がよく出ている句群

さくらさくなくなる人(ひと)はみえなくなる   
腕(うで)時計(どけい)手首(てくび)を回(まは)る敬老(けいろう)日(び)
露(つゆ)の眼(め)を乗(の)せ家畜車(かちくしや)の越(こ)ゆる坂(さか)
人(ひと)は世(よ)に飼(か)はれてはるか天(あま)の川(がわ) 
露(つゆ)の世(よ)を我が(わ)目(め)牛(うし)の目(め)すれちがふ
螻蛄(けら)鳴(な)くや土(つち)に還(かへ)らぬ土埃(つちぼこり)
秋(あき)は冬(ふゆ)へ無限軌道(むげんきだう)の行(ゆ)く音(おと)か
野(の)遊(あそ)びのみなしたくなるしなくなる
客死(かくし)と思(おも)ふ堆(たい)肥場(ひば)に蝶(てふ)墜(お)ちて
秋深(あきふか)し父(ちち)といふ字(じ)を火(ひ)と思(おも)ひ

1句目。「さくらさく」の句。中七の「人」のみが漢字表記であとはすべて「ひらがな」で開いている。「亡くなるひとはすべからず見えなくなる」というどうしようもない真実を詠んでいるため、ひらがなで開くことにより幾分茫洋とした気分にさせられる。牛後らしいすこし冷徹にも思える死生観。
2句目。「腕時計」の句。敬老の日に自らの手首を見て驚いたのかもしれない。腕時計が緩んでくるくる回るのだ。適切なサイズだったはずだが、長い労働と老化によって筋肉も落ち、やせ細ったのだろうか。写生句であり、モノしか述べていないが、死ぬまで働くのだという気概とこれだけ働いてきたという矜持が窺える。
3句目。「露の眼」の句。露の眼の持ち主は売られてゆく牛たちの眼であろうか。家畜車は必ず坂を越えねば目的地へ着けない。「坂」のメタファーするものは結界であり、三途の川なのかもしれぬ。
4句目。「天の川」の句。牛後は牛たちを飼い、自分自身は社会(この世)に飼われているという発見。人は皆いつかは天の川へと旅立つ。
5句目。「露の世を」の句。露のような儚いこの世で、自分の飼ってきた牛たちの眼と自分自身の眼とがすれ違いながらもやはり同じ露の世で与えられた生を全うするのだ。
6句目。「螻蛄鳴くや」の句。螻蛄は土の中で生き、そして死んでゆく。最後は土へ還ることができる。しかし土埃はどうだろうか。風に吹かれて元の土へは還ることができないのだ。
7句目。「秋は冬へ」の句。作者には珍しい形而上学的な句だ。つまり目に見えぬものを詠む。それは「無限軌道」である。この措辞は造語ではなくもともと、「キャタピラーなど」の複数の車輪にベルトを掛けて回転させて走行する装置をいう。キャタピラーで去ってゆく音が、秋が冬へ向かう音かもしれぬと詠む。ただしこの場合の「無限軌道」は無限に移り変わる季節の循環の事かもしれぬ。さらには宇宙時間の軌道をも想像できる。
8句目。「野遊び」の句。人間はみな老いという成長を遂げる。よって幼少時には行きたくてしょうがなかった「野遊び」も時がたって、大人になると「野遊び」などはしたくもないし、しようとも思わないわけだ。
9句目。「客死と思ふ」の句。堆肥場に偶然、落下して死んだ蝶を見て、客死かもしれぬと思った。思えば人間はみな生まれた土地で死ぬことなんてあり得ない。ひとはみな客死を遂げる、作者も然りである。
10句目。「秋深し」の句。作者牛後は俳句の素材に家族を詠むことは少ない。俳人としての美学なのかもしれぬ。「父」という措辞が出て来ることも珍しい。言われてみれば「父」という字は「火」に似ている。実際には火のように生きた父ではなかったのかもしれぬ。思えば父という字は「鞭(むち)や斧(おの)」を手にした形からきた象形文字らしい。「切株があり愚直の斧があり 佐藤鬼房」をふと思い出した。これらの死生観はすでに人間牛後に備わったものであり、どこに住んでいようが、どんな職業に就いていても普遍的に詠みつづけてゆくものと推察する。

(4) 小動物を素材とした句群

牛(ぎう)道(どう)に死(し)してまだ蛾(が)の形(なり)である
灯心(とうすみ)蜻蛉(とんぼ)水(みづ)のかけらのやうに飛(と)ぶ
蜘蛛(くも)の巣(す)に懸(か)かり干草(ほしくさ)よくまはる
鹿(しか)の屍(し)を穿(ほじ)る鴉(からす)の芯(しん)まで黒(くろ)

1句目。「牛道に」の句。朝夕牛たちが通る道がある。とうぜんその道は踏みかたまっているだろう。そこに全き蛾の形をなしたまま、ぺしゃんこに蛾が死んでいる。それを「まだ蛾の形である」と冷徹に詠む。冷徹というより作者にとって牛でも小動物でも、昆虫でもみな平等な命あるものとして見えるのだろう。
2句目。「灯心蜻蛉」の句。糸蜻蛉とほぼ同義。体も翅も細く、水辺の草むらをひらひら飛ぶ。青や緑の体色をしたものはまさに「水のかけら」だと納得する。卓越した観察眼で新たな小発見を句に入れ込む。高野素十のような純写生の作り方である。
3句目。「蜘蛛の巣」の句。蜘蛛の巣を詠む場合は獲物として捕らえられて死んでいる虫を詠んだりすることが多いが、掲句は巣に干草の破片がひっかり風でくるくる回っている景を詠んでいる。純写生だと思う。
4句目。「鹿の屍」の句。鹿の死肉を穿って食べている鴉を写生している。写生が極まると鴉の内臓まで透けて見えてくる。黒い鴉の「むらぎも」も真っ黒であることが見える。川端茅舎のような凄い写生だと思う。これらの句は牛飼いの視点から派生した小動物へのまなざしだと思われるが、今後も牛後が続けて詠んでゆくものだろう。

(5)社会詠をふくむその他の日常詠

雪(ゆき)が降(ふ)る空(そら)が剥(は)がれてくる眠(ねむ)る
春泥(しゅんでい)の手(て)を入(い)れ春泥(しゆんでい)の軍手(ぐんて)
熊(くま)の糞(ふん)ありぼつてりと秋没(あきいり)日(ひ)
郭公(くわくこう)や荊棘(ばら)線(せん)正史(せいし)のごと錆(さ)びて
牛(うし)売(う)れば冬(ふゆ)が入(はい)つてくる扉(とびら)   
骨(ほね)二百(にひやく)もてきしきしと雪(ゆき)を掻(か)く
国防(こくぼう)色(しよく)のコート死(し)木(ぼく)のごとく佇(た)つ

牛飼い俳人牛後は立派な社会人である。だから選挙へもゆくし、社会情勢にだって興味がないわけではない。但し一番の興味は「言葉」にあるのかもしれない。言い換えると「言葉フェチ」に近いのではと思えるときもある。まあ俳人ならばみなある程度その傾向はあるかもしれぬが。ここでは日常生活や私生活がわずかに窺える句群を鑑賞してみる。

1句目。「雪が降る」の句。いきなり「降る、剥がれてくる、眠る」と三つも動詞を繋げている。初心者にはやってほしくない技だ。「る」を三つ畳みかけて押韻し、作者の冬の就寝時の時間推移を詩的に詠む。雪は空から剥がれて睡眠薬のように降って来て、疲れた体を癒してくれる。そして自然な眠りに就けるのだ。
2句目。「春泥」の句。令和の現代で本当の意味で「春泥」の句を詠めるのは牛後だけではあるまいか。まさに春泥まみれの手を春泥まみれの軍手に入れる。軍手を新品なものに取り換えるなんて上品さはない。
3句目。「熊の糞あり」の句。「優れた句は未来を予見する」というのが私の持論だが、まさにこの句は令和七年に全国で起こっているクマ騒動を予見している。中七の「ぼってりと」のオノマトペはまさに真骨頂である。
4句目。「郭公や」の句。荊棘線の向こうは恐らく、他人の土地、もしくは国有地。そこには森が茂っていてそこから郭公の声が響き渡る。鈴木牧場と結界をしきる荊棘線はまさに中国の「正史」のごとく錆びついている。この結界は無論、有害動物の侵入を防ぐ意味もあろう。
5句目。「牛売れば」の句。俳人牛後も食べてゆかねばならぬ。私もそうだが、俳句というヤクザな稼業をやるために生業をなしている。この句では牛を売ることで入ってくる「お金」を「冬」でメタファーしている。真っ当な稼ぎなのだが、何かうすら寒いのだ、まるで「冬はじめ」のように。
6句目。「骨二百」の句。人体の骨の数は二百六個と知った時に、毎日自分がしている「雪掻き」という作業が少し愛おしくなったかも知れぬ。二百六個の骨が軋みつつ、身体を動かして雪国のルーチンワークである重労働をこなしているのだ。ちなみに私の骨は3つ機能せずに金属が頑張ってくれている。
7句目。「国防色の」の句。国防色という措辞が珍しく作者の社会性や政治性を少しだけ感じさせる。国防色はもと陸軍軍服のカーキ色、または類似した色。そんな冴えない色のコートを来て作者は雪野に佇む。それを「死木」のようだと少し自虐的に描く。これら社会詠の側面は『にれかめる』ではあまり目立っていなかったように思う。今後埼玉に住みなし、社会詠の側面はより先鋭化してくるかもしれない。

最後に

鈴木牛後はこの度、現代俳句協会賞を受賞したが、まだまだ「途上の俳人」だと私は思うし、牛後本人も自覚していると思う。牛飼いから離職して、埼玉に住みなし、むしろ今後の俳句人生の方が長いかもしれぬ。例えが月並みかもしれないが、大谷翔平のような活躍をして欲しい。岩手生まれの野球好きの青年が北海道で育まれ、北海道から世界に送り込まれた。そしていま世界の翔平になっている。牛後が東京近郊に移ったということは、牛後の俳人としての活躍の場が増えることに他ならない。北海道の詩魂を以て牛後には「日本一の俳人牛後」になってほしい。最後に上げた三句が私からの餞となろう。(了)

一(いち)裸樹(らじゆ)に還(かへ)る白(はく)炎(えん)吐(は)き尽(つ)くし
窓(まど)霜(しも)を刮(こそ)ぐ故郷(こきやう)が見(み)えるまで
蜻蛉(とんぼ)はや世(よ)の先端(せんたん)を見(み)つけたり


◆鈴木牛後『鄙の色』一句評

桜散るあしたのあした来てしまふ

👤松王かをり

「黒田杏子先生逝去」と前書きのある二句のうちの一句である。小さい頃の「あした」は、希望の謂であった。遠足のあした、誕生日のあしたと、「あした」は待ち遠しいものであった。それが、来てほしくない「あした」があることを知って大人になった。
実は、黒田杏子に〈柚子湯してあしたのあしたおもふかな〉の句があるが、この「あした」は、どうなのだろう。「あした」を重ねることによって、待ち遠しさよりむしろ、先の見えない不安感が募っているような気がする。その不安感を引き受けて、掲句の「あした」は、絶対に来てほしくなかった「あした」である。深い悲しみと喪失感の中、永遠に先送りしたかった気持ちを込めて「あしたのあした」と詠んだのではないだろうか。そして、全国の桜を巡り、「桜」の俳人としても知られる主宰への悼句に、万感の思いを込めて「桜散る」を配したのではないだろうか。
師、黒田杏子への究極のオマージュの一句である。

母牛の喰らふ春闇色の胞衣 

👤土井探花

胞衣(えな)とは出産後に母体から排出される、胎盤、臍帯、卵胞などの総称である。初めて読んだ時はその「喰らふ」という行為が単なる母の愛情だと思ったが、調べてみると、そんな生易しいものではなく「血の臭いを消して外敵から母子の身を守る」、あるいは「出産後の栄養補給」という動物の生存本能の表出であるのが事実のようだ。「喰らふ」という措辞のチョイス、むべなるかなである。そして「春闇色」(しゅんあんいろ)も、ただ春に生まれたという季感を示すだけではない。「春の闇」は月のない暗さでありながら、他季とは違う潤い、柔らかさ香しさが本意であるという。掲句に於いて比喩的に用いられている「春闇色」は単なる色情報だけではなく、胞衣の生臭さや質感や湿り気まで内包している。
『鄙の色』には様々な色の句が掲載されているが、「春闇色」に組み込まれた共感覚はとりわけ想像をかき立て、牛後さんの牛を詠まれた俳句の中でも白眉だと確信している。

灯を消して牛の気配や大晦日

👤松本てふこ

動物と共に生きることが仕事のベースになっている、それはすなわち休息と仕事の時間の線引きが曖昧になるということではないか。タイムカードを押してはい終業、と仕事から解放されるわけではないだろう。
牛舎の灯を消しても、そこに牛は生き続けている。闇に視覚を奪われても、鼻息に耳を澄まし、空気の揺れ動きを肌で感じることで牛のありようを察知するひととき。人間にとっては一区切りだが、彼らにとってはそうではない。彼らと日々対峙する恐ろしさとかけがえのなさが闇の中で静かにかみしめられている。そして今年一年を振り返りつつ、来たるべき新たな一年を始めていこうとしている。
鈴木牛後にとって、虚子の句でいうところの去年今年を貫くものは牛たちの生命そのものなのかもしれない。

搾乳機(ミルカー)のぎゆんと止まれば蛙の夜

👤清水縞午

ぎゆん、というオノマトペで、これは搾乳作業を終え、牛乳をバルククーラーという牛乳専用の大きな冷蔵タンクに回収し、さらにその牛乳を集めた配管の内側を洗浄して、真空ポンプという機械が止まった瞬間であるとわかる。作業中、牛舎内に響いていた機械音が止まり、急に静かになる瞬間だ。
だが、北海道の晩春から夏、ことに湿地がそばにある地域では、エゾアカガエルがけたたましいのだそうだ。牛舎内にいた人間には作業の機械音しか耳に入ってこなかったが、うってかわって、蛙の、合唱と言うには賑やかな蛙の歌が耳に入って来る。
私は実習でしか体験したことがないが、仕事の終わりの瞬間の、ぎゆん、という音は、例えば就業のチャイムや、退勤カードのピッという電子音のような、安堵の響きも感じるのではないか。そして蛙は、北海道の短く温かい季節の、生命の大騒ぎである。仕事の終わりの安堵に加え、夏を喜ぶ瞬間ではなかったかと思わされる。